第28話 悪事の内容

 僕たちは軍の治安維持隊による取り調べを受ける。

 最初は喧嘩だと疑われたが、事情が分かると対応が丁寧になった。

 実際に手を出した什長と追撃をした僕、エイラの3人だけが残されて他の人は解放される。

 1人ずつ取り調べを受けた後、治安維持隊のある建物を出たところで什長は僕らには詫びを言った。

「巻き込んじまって悪かったなあ」

 後頭部をさすりながら首を竦める。


「そんな、什長は悪くないですよ」

「でも、ちょっと厳しめに注意されただろ?」

「それはまあ。でも、僕が力加減を間違えたからで」

 剣を抜いた男は意識不明の重体になっていた。

 確かに抜剣したのは悪いが僕らは10人もいたんだから、ちょっとは手加減できただろうというわけである。

 最初は什長が1人で対峙していたし、相手に背を向けていたということを説明したら納得はしてくれた。

 そんなわけで取り調べには思ったよりも時間がかかっている。


「アタシは伍長に命令されただけだし、思いっきり蹴り飛ばせて楽しかったあ。でも、そのせいでちょっとお腹空いたかも」

「お、おう。楽しかったなら良かった。だけど、最初は取り調べの対応冷たかっただろ? ありゃ、俺の普段の行動のせいだから。トラブルばかりで、なんだまたアイツかと思われたんだろうな」

「でも、今回は什長は女の子を助けたんじゃないですか。花や所持金を奪おうとするなんて悪人ですよ」

「ちょっと待て。クエル。あいつらが花を奪おうとしたと思ってんのか?」


 返事をしようとしたら、先輩たちがワラワラと建物の陰から現れて僕らを取り囲んだ。

「なんだ? お前ら、先に部屋に帰って寝たんじゃねえのか?」

「いやあ、クエルのことが気になりまして」

「先に帰るのも悪いかな、と」

 ジョイス什長は大きくため息をつく。

「そこは什長のことが心配で、って言うところじゃねえの」


「だってねえ」

「ブレガに派遣される前の原隊でもしょっちゅう呼び出しされていたじゃないですか」

「そーそー。いちいち心配していたらキリがない」

「人徳の差ってやつですね」

「そこまで言うか、コノヤロー」

 そう言いながら腕を振り上げる什長は楽しそうだ。

「深く傷ついた。この心の傷は簡単に癒えそうにない。これは優しいおネエゃんに慰めてもらわないと」

 再び基地の外へ出ようとする什長に僕は別れを告げる。


「それじゃ、いってらっしゃい」

「なんだよ、つれないな」

「什長は歓楽街のお店に行くんですよね?」

「おう、クエルと一緒にな」

「治安維持隊の人に聞いたんですけど、僕、お店に入れないですよ。18歳未満は入店禁止だそうです」

「は?」

「今日から治安維持の一環でそうなったそうです」


「くそう。それじゃあ仕方ねえ。でも、喉も渇いたし折角の酒も抜けちまった。非番だってのに基地になんぞ居たくねえし、さっきの店に行くか。クエル、それならいいだろ? お前さんの部下も腹空かしたようだし」

「あ、いえ僕は……」

「また、金の心配しているな? いいんだよ、そういうのは。どうしてもっていうなら将来出世して俺の老後の面倒みてくれや。ほら、行くぞ」

 先輩たちは什長の言葉に合わせて僕を取り囲んだ。

「まあ、付き合えよ」

「おネエちゃんに会えなくて可哀想な什長なんだからさ」


 シモンもエイラも乗り気である。

 そう言えばこの2人の代金も出してもらっているんだった。

 さすがに世話になりすぎなんじゃないだろうか。

 お店に着くとさっきの少年が驚いた声を上げる。

「また来たの?」

 店主のおじさんがすっ飛んできて少年の襟首を掴んで引くと庇うように前に出た。

「すいません、口の利き方がなってなくて。何か問題でもありましたか?」

 不安そうな表情で顔を強ばらせている。


「ああ。驚かせちまってすまねえ。ちょいと野暮用があってな、すっかり酒が抜けちまった。飲み直そうって話になったんだが、ここはなかなか酒も料理も良かったんでまた来ただけだぜ」

 ジョイス什長は開けっぴろげな笑みを浮かべた。

「そんじゃ、エールを11とココナツジュースを1つ、それとハーブ入りのソーセージを12本頼むぜ」

 そう言いながら店主に金を握らせる。

 席に着くと腕を組んだ。


「お前らが来る前にクエルと何か大事な話をしていたはずなんだが、なんだったっけ? そうだ。あのアホどもの罪状だ。あれは花を奪おうとしたわけじゃない。もっと酷いことをしようとしていたんだ」

「じゃあ、什長はなおさら悪くないじゃないですか。だから、別に僕は巻き添え食らったなんて思いませんよ。むしろ、お役に立てたなら嬉しいです。でも、もっと酷いことってなんですか?」

「うん。まあ、悪いことだ。それこそ、将軍に吊されるほどにな」

 什長は首を傾けて舌を出し脱力する。


 そこに飲み物が運ばれてきた。

 みんなで什長の活躍に対して乾杯をする。

「えーと、そんなに悪いことなんですね。どんなことなのか教えてください。もし、僕が知らずにやって罪に問われたら大変なので」

「いやあ、クエルは大丈夫だと思うぜ」

 そう言わずに教えて欲しいんだけどな。

「でも、嵌められる可能性はありますよね」

 先輩の1人が言うと他の人も肯いた。


美人局つつもたせか。確かにありえるかもしれないな。うーん。まあ、そこは俺らの誰かが一緒にいてカバーすればいいだろう」

 この話をし始めたところでちょうど串を運んできたおじさんが怪訝そうな顔をする。

 什長は、みんなにソーセージの串を渡した。

 それから何か悩むように身をよじらせる。

「まあ、仕方ねえ。ここで教えないでクエルが近衛隊長に質問しても大惨事だからな」

「え? 僕がやろうと考えていたことよく分かりましたね」

 その場のみんなが息を飲んだ。

 それから一斉にため息をつく。

 什長は唸り声をあげた。


「あのな。捕まえた奴らはあの女の子を無理やり脱がせて触ったり、あー、くそ、はっきり言うとだな、大事なところにチンチンを突っ込んだりしようとしていたんだ」

「え。どこに? それって痛くないんですか?」

「まあ、そうだろうな。まあ、慣れるとそうでもないんだが。いずれにせよ、嫌がる相手にすることじゃない」

「分かりました。確かにとても悪いですね。僕やエイラがやり過ぎたんじゃないってことが分かってほっとしました。それで、美人局というのは何かも教えてください」


 什長が今度は比較的すぐに説明してくれる。

 僕は話を聞いて混乱した。

 女の子に悪いことをしようとしただろうと言いがかりをつけて金を脅し取る?

 悪いのはどっちなのか、もう分からなくなってきた。

「あーあ。純真なクエルがどんどん汚れていく」

 什長が大げさなことを言って嘆く。

「女遊びを教えようとしている人のセリフとは思えませんね」

 先輩たちが白い目を向けた。

「なんだよ。おネエちゃんたちと遊んでるのはお前らも一緒じゃねえか」


「什長が余計なことしなくてもクエルならまともな恋愛をして経験しそうですけどね」

「すでに目を付けているのがいるかもしれないですね」

「誰がだ? クエルに変な虫がついて欲しくねえな」

「什長、何言ってるんです? ちょっと変ですよ」

「何がだよ。クエルが悪い女に引っ掛かって身を持ち崩してもいいのか?」

 先輩たちと什長はわあわあと賑やかに言い合いを始める。

「それにしても什長はキザですよね」

「だよな。あの場面で女の子に花を挿してやったりはなかなかできないよなあ」

「まあ、女性は花を贈られれば喜びますけどね」

「酒に酔って襲うよりはよっぽどいいか」

「なんか俺、微妙に馬鹿にされてない?」

 僕はソーセージを食べながら、陽気な掛け合いに耳を傾けた。

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