第27話 街歩き

 お腹がいっぱいになったら兵舎に戻るのかと思ったら、ジョイス什長は町を探検すると言う。

「何かあったときのために、地形や通り、店や住宅の配置を覚えておいた方がいいんだぜ。急ぎの伝令を頼まれたのに行き止まりの道に入っていったら困るだろ。それに、あの建物を見てみろ。いざというときに即席の砦としても使えそうだと思わないか?」

 さすがベテランの什長は違った。

 単に観光をするのかと思ったら、そういう意図もあったのか。


「なるほど。勉強になります」

 感心した声を出すと先輩たちが口々に什長に言葉を浴びせる。

「また適当なことを言ってますね」

「クエルにかっこいいところを見せようというのが見え見えですな」

「そりゃまあ、道順を知っていても困りはしませんけどね」

 そして一斉に僕に忠告をした。

「あの人、飲むとテキトーだから」

「あまり信じない方がいいよ」

「特に一見含蓄がありそうな時は騙されないようにしろよな」


 ジョイス什長は腰に手を当てる。

「お前らなあ。せっかく俺がベテランらしい風格を演出しているのにネタばらしをするんじゃない」

「え? それじゃあ、さっきの話は口から出まかせなんですか?」

「そうでもないんだぜ。これを見ろよ」

 ジョイス什長は角のところにある木杭を手で叩いた。

 先端に板が打ちつけられており、それぞれの方向に何があるかが書いてある。


「こいつをな、ぐるっと回転させてしまうと、行き先が正しくなくなってしまうだろ? 地元の人間は見やしないだろうが、俺たちのような余所者は迷うわけさ。よいしょ」

 什長は杭を両手で握ると力を込めて回転させた。

「ほらな?」

「それは分かりました。分かりましたから元に戻しておきましょうよ」

「なあ、クエル。どっちが正しいか見ていたか?」

「えーと、確かあっちが宮殿となっていました」


「ああ。俺もそうじゃないかと思ってたんだよ。それっ」

 什長は再び力を込めて杭の軸を逆方向に回転させる。

「なんか、ちょっとずれてるけど、まあ分かるだろ。それじゃ、あっちの方を偵察だ」

 木札は通りに対して15度はズレていた。

 僕は杭に手をかけて動かそうとするが動かない。

 エイラとシモンに手伝ってもらってほんの少しだけ正しい方向に向ける。

「そんな細かいのはいいのに」

「駄目ですよ。町の人に兵士が標識を悪戯していたって言われたらどうするんですか?」


「まあ、実際動かしちゃったからな。元に戻したところで動かしたという事実は変わらないし、ちょっとぐらいズレているのなんて気にしないだろ」

「いやいや、ちゃんと元に戻しておかないとダメですってば」

「まあ将軍に呼び出されるのは勘弁したいな。クエル。ありがとう。助かった。それじゃ行こうぜ」

「別にお礼を言われるほどのことじゃないです」

 什長は上機嫌で僕の肩を抱いた。

 

 歩き出した道の先の方には青い明かりが見える。

 あれ? あの明かりは?

「ねえ、什長。この先には、えーと、女の人のいるお店があるんじゃないですか?」

「たぶん、そうだろうな」

「まさかと思いますけど、お店に入るつもりじゃないですよね?」

「何か問題でもあるか?」

「シモンとエイラが居ます。まだ、そういうところに入るには早すぎますよ」


 什長の顔を見ると眉を寄せていた。

「まあ、そうかもしれないな。じゃあ、2人だけ先に帰らせよう」

「じゃあ、僕も帰ります。まだ完全に落ち着いたわけじゃないですし、人数が少ないとトラブルに巻き込まれるかもしれないですから」

 僕の返事が気に入らなかったようで什長は顎に皺を作る。

「そういうわけにはいかねえだろ。俺はクエルを連れていきたいわけであって、俺だけが行っても意味がなくはないが、そうじゃねえんだなあ。仕方ねえ。今日のところは店先を覗くぐらいにしておくよ」


 僕を連れていきたいという気持ちは嬉しいんだけど、同時にちょっと困惑した。

 この情熱はよく分からないところがある。

「お気持ちは嬉しいんですけど」

「まあ、いいさ。ここに1月は居るだろうからな。夜勤の日もあるだろうが、また来る機会はあるだろう。ところでクエル、後学の為に1つ聞いてもいいか?」

「なんでしょう?」

「近衛隊長のことを良く引き合いに出すけど、それは赤毛が好きだからなのか?」


「何を言ってるんですか?」

「男同士の気のおけない軽い話題ってやつ? どういうタイプが好みかって話。ちなみに俺は髪の毛の色にはこだわりがない」

「だから、違いますって。前にも話しましたよね。僕の頼みごとを聞いてくれる親切な人だってだけで、好きとかそういうんじゃないです。別に赤毛がいいというのもありません」

「そうか。まあ、こだわりが無いならそれはそれで……、ん?」


 あ、什長にも聞こえてたのか。

 じゃあ空耳じゃないのかも。

「悲鳴が?」

「ああ。聞こえた。あっちか?」

 頷くと什長は僕の肩から手を放して駆けだした。

「エイラ、シモン。追いかけるよ」

 細い路地を入っていった什長を追いかける。


 道を曲がった先で什長が男の人の尻を思いっきり蹴とばした。

 その足元には籠が転がって、花がまき散らされている。

「おい。てめえ。将軍の話を聞いてなかったわけじゃねえよな」

 什長が怒りを含んだ低い声を出した。

 蹴とばされて地面に転がった男のほかに2人の男が女の子を後ろから捕まえている。

 スカートがたくし上げられていて夜目にも白い腿が剥き出しになっていた。


 床に転がっていた男は立ち上がると慌ててズボンを引っ張りあげると腰の剣を抜く。

「什長!」

 声をかけることで剣を抜いた男の気を引こうとした。

 什長が背を向けているということは、こっちは僕たちに任せたということなのだろう。

 僕は加速するとジャンプをして振り返りつつあった男の赤ら顔に膝蹴りを入れた。


 着地して体勢を整えようとする僕の脇をエイラがすり抜けるとよろめき倒れつつある男に空中で追加の飛び蹴りをする。

 壁で体をこすりながら男は数歩吹っ飛んだ。

 僕は目標を変えて什長に加勢しようとしたが残りの2人は既に地面に伸びている。

 そこにシモンや先輩たちが駆け込んできた。

 女の子は長い前髪で目が隠れ表情がよく分からないが立ちすくんでいる。

「あーあ、せっかくの花がもったいねえ。こいつは売りもんでいいんだよな?」

 什長は籠を拾い上げるとその中に銀貨を入れ、残っていた白い花を摘まんだ。


「唯一残ったこいつには幸運が宿っているに違いねえ」

 什長はその花を女の子の髪に挿してやる。

 それから籠を手に押し付けた。

「怖かっただろう。もう大丈夫だからな。なあ、クエル。エイラの手を借りるぜ。エイラ。この子を支えてやってくれ。相当怯えてる。まあ無理もねえ」

 僕が頷くとエイラはすっ飛んでいって女の子に肩を貸してやる。

「それじゃあ、柄でもねえが、こいつらを突き出すとしよう。そうだ。クエル。後方支援助かったぜ」

 ジョイス什長は親指を立てると白い歯を見せて笑った。

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