第29話 門前での騒ぎ

 昨夜は割と遅くまで什長たちにつきあわされてしまう。

 早起きできるのか不安だったが、事前に話しておいたエイラが僕を起こしてくれた。

 それはいいのだけど目覚めたらすぐ近くにエイラの顔があってびっくりする。

 ベッドは壁際にあるのに、僕を中心にしてその反対側に陣取っているのでベッドから出ることもままならない。

「伍長、おはよ。走りにいくんでしょ?」

「うん。シモンも起こしてくれる?」

 僕のベッドから抜け出したエイラはシモンの肩を揺さぶった。

「ほら、シモン起きろ!」

 それでも起きないと頬をぴしゃぴしゃと叩く。


 僕はエイラが居なくなったのでベッドから降りて伸びをした。

 什長や先輩たちはまだ寝ている。

 いつもなら僕よりも早く起き出してトレーニングをしているが、非番の日の翌朝はだらけていることが多かった。

 ようやく目を覚ましたシモンを先輩たちの眠りの邪魔にならないようにと静かに外に連れ出す。

 基地の塀沿いに3人で走り始めた。

 シモンのペースに合わせてゆっくりとランニングをする。

 エイラはこれでは物足りなさそうだったので、スピードを上げていいよと許可を出した。

「じゃあ、先に行きますね」


 しばらくするとシモンの息が上がり始める。

「ねえ、伍長。もう無理です」

「敵に追いかけられていると思って頑張るんだ」

 シモンは力なく首を横に振った。

 戦いに勝ったので、もう敵はいないとでも言いたいらしい。

「あ。将軍?」

 その途端にシモンはシャキッとして勢いよく走り始める。

 離れたところにチラリと見えただけなのに急にやる気になるとはすごい効果だった。

 シモンの横に並ぶ。

「そう、そう。その調子だよ。将軍がいつも側にいると思うといいんじゃないかな」

 途端にどんよりとした顔になった。

 昨夜はちょっと酔いが回ると盛んに美人だとかスタイルがいいとか言って褒めていたのに変なのという感想を抱く。


 4周ほどしたときに進行方向にある基地の正門のところで騒ぎが起きているのに気付いた。

 何事かと立ち止まりその場で足踏みしながら様子を窺う。

 警備当番の兵士が何かを取り囲んでいたのでさらに近づいてみた。

「クエルさん!」

 驚くことに僕の名前が呼ばれる。

 人垣が割れて中から昨夜の女の子が見えた。

「クエル伍長。この者をご存じですか?」

 僕と同じく伍長の徽章を付けた兵士が問いかけてくる。

「ジョイス什長にどうしても会いたいとのことなのですが、早朝な上によくわけの分からないことを言っているものでして……」


「ねえ、クエルさん。私のこと分かるでしょ? シィリュスよ」

「ええと名前を聞いた覚えはないんだけど、昨夜ジョイス什長が助けた子だよね」

「そう。そのジョイスさんに会いたいの。だけど、この人たちが通してくれなくて」

「悪いけど、許可がないと部外者は中に入れないよ」

「昨日は入れたのに?」

「あれは事情聴取のためだからさ。それで何の用? 僕から伝言することはできると思うよ」

 シィリュスは困った顔をした。


「あっちの人に言ったんだけど、また言わなきゃだめですか?」

 僕は門番をしていた伍長に質問する。

「何の用かは聞いたうえで中に入れるのは無理なんだよね?」

「自分は百人長に部外者は何者も通すなと命令を受けましたので」

 そういうことになると、その当人か、さらに上の人の許可を取らなくちゃならない。

 僕はこの伍長の上司の百人長を良く知らないし、さらにその上の首席百人長も知らなかった。

 さすがに将軍やアイリーンさんの手を煩わせるわけにはいかなそうである。


「じゃあ、何の用なのか教えてもらっていい? 僕が呼んでくるにしても何も分からないんじゃ什長も困るだろうから」

「そのう、この女性は結婚をしにきたと主張しています」

「え?」

「なんだと?」

 僕の声に尖った声が重なり振り返ると、走りやすそうな恰好をした将軍が僕たちを凝視していた。


 この場にいる兵士が一斉に敬礼をする。

 それに対して答礼をした将軍が問いかけてきた。

「お嬢さん。私が聞き間違いをしたのでなければ、結婚と聞こえたんだが?」

「はい。言いました。帝国の偉い方ですか? 中に入れてください。私、結婚しにきたんです」

 将軍は驚愕の表情を浮かべる。

「クエル。どういうことなんだ? 私の知らない間に? この娘は何者なんだ?」

 僕に聞かれても困るんだけど、質問された以上は答えなくてはならない。

 まずは僕が把握していることから報告しよう。

 軍隊では推測で話をしないようにってハリー隊長も言っていたもんね。


「こちらの女性はシィリュスさんです。昨夜、軍の不届き者がシィリュスさんに酷いことをしようとしているところに居合わせて助けたんです。治安維持隊の方に尋問を受けた際には今朝ほど将軍に報告書を提出すると聞いています」

 うん。

 僕の知っている事実を簡潔にまとめて報告できたんじゃないかな。

 満足して自然と顔が綻んだ。

「そして、先ほど、この場所で騒ぎが起きているのを確認し話を聞いていたところです」


「昨夜のうちに一報は聞いた。幸いにして未遂に終わったということだったが……」

 将軍は心ここにあらずというように呟くとシィリュスさんへと向き直る。

「それで昨夜助けてもらったことに感謝の意を伝えるためにここに来たわけだね?」

「違います。いえ、感謝しているのはその通りですけど、ここに来たのは結婚するためです」

 シィリュスさんは主張を繰り返した。

 よく見ると両手に大きな革の鞄を提げている。

 私物をまとめて持参してきたということなのかな?


「結婚というのは随分と急な話だな。それに相手の都合や気持ちというものもあるだろう」

「はい。昨夜のうちに相手の方のお気持ちは確認しています。ね、クエルさん?」

 急に確認を求められても僕は話が半分ほどしか分かっていなかった。

「何かあったっけ?」

「え? 覚えていないんですか? あの場にいたのに?」

 たちまちのうちにシィリュスさんの口調は非難がましいものになる。


 一生懸命に思い出そうとして、昨夜の先輩たちの発言を思い出した。

「ひょっとして、シィリュスさんの髪の毛に花を挿してあげたこと?」

「そうです。だから私……」

 シィリュスさんが頬を染めながら肯定すると同時に将軍が割り込んでくる。

「クエル。そんなことをしたのか?」

 その声は少し震えていた。



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