第17話 剣の練習

 僕は訓練場で新しく身に付けることになった剣を振る。

 百人長さんが選んでくれたものなので質の良さは間違いがないはずだった。

 それでも長さ、重心、握りの太さと僕が使い慣れたものと異なる点はいくつもある。

 新しい剣に早々に慣れておかないといざという時に不覚を取る恐れがあった。

 一通りの剣の軌道を試してみる。

 頭を左右から斜めに斬る動きに続いて、力強い横殴りの振りをしてみた。

 想像上の相手の剣を弾き、返す刀で前に出ている腿を下から狙う。

 さっと構えを戻して肩の高さに引き上げた剣を地面と水平やや上向きにして刺突した。


「いやあ、すごいね。型通りだ」

 空き樽に腰掛けるシモンが足をブラブラさせる。

「厳しく指導されたからね。基本がなぜ基本なのか。それは最小限の努力で最大の効果を発揮する先人の汗と努力の結晶だって」

「あー、そんなこと言ってたね。あのハゲマッチョ」

 僕は一旦剣を鞘に収めた。

「ねえ、シモン。その言い方やめてくれないかな。ハリー隊長をそういうふうに言うの」

「え? なんで? 別に悪意はなくて事実をそのまま言っているだけじゃん」

「じゃあ、本人を前にしてそれ言える?」

「そうだけどさあ。なんというか、仲間内でこういう秘密の符牒みたいな綽名ってつけるよね」

「そうかもしれない。でも、僕が聞きたく無いんだ。だから、やめて欲しい」


 シモンは小首を傾げる。

「命令はしないんだ?」

「そこまですることじゃないかな」

「でも、オレがやめなかったら伍長は気分は良くないわけだよね。じゃあ、命令した方が早くない?」

「そうかもね。僕が誰かに命令するのに慣れていないというのもあるんだろう」

 しばらく考えていたシモンはポンと樽から飛び降りた。

「そっか。オレには命令するだけの価値も無いってことかな? それほどの信頼関係は無いという。分かったよ。ハリー隊長ね」

「ありがとう」


「それでどう? 新しい剣?」

「今までのに比べるとちょっと重いし、重心が先に寄ってるかな。その分、上手く扱えれば威力は増すと思うけど。これは慣れるしかないね。だから、もうちょっと僕は練習する。前から使っている剣だろうけどシモンも練習して」

「これは命令なんだ?」

「勤務中は部下がいつでも戦えるようにしておくのが伍長の仕事だと教則本に書いてあったからね」

「本当に? オレが字が読めないからって適当なこと言ってない? そうだとしても1から10まで教則本の通りにすることはないんじゃないかな」

「僕は教則本以上の知識や経験がないからね。今度、什長に聞いてみるよ。だけど、今日は剣の訓練だ。まずは基本の動作を各100回ね」

「100回? そんなにやるの?」


 僕はもうシモンを相手にしないで自分の剣を抜く。

 第1の型を始めた。

 やっぱりまだ新しい剣には違和感があるので、体を馴染ませるように筋肉を意識する。

 シモンも諦めたようで大人しく剣を操っていた。

 自分1人でやるのもいいが、他人の動きを見ながらやるのはまたちょっと違う。

 シモンの動きを見て僕の癖に気付くことができた。

 それにシモンの良くないところを見て自分の改善に繋げてみる。

 第5の型までやるとさすがに全身汗まみれになった。


 そこにどやどやと昨夜僕を連れ出した先輩たちが入ってくる。

「クエル、こんなとこにいたのか」

 僕は什長さんたちに改めてお礼を言った。

「いやあ、そんな礼を言われることはしてやってないだろ。例えるなら食堂に入って料理が出てきたところで帰ったようなもんだしさ」

「いえ、誘っていただけただけで嬉しいです」

「そう言われちゃうと、また誘ってやりたいがなあ……」

「どうかしましたか?」

「今朝になって帰営したと思ったら近衛隊長から呼び出しがあって、かなりこってりとお説教されたのさ」


「アイリーンさんですか?」

「そうそう。真面目な王国兵に悪い遊びを教えるんじゃないってな」

「ええと、昨日のお店に行くのは悪いことなんでしょうか?」

「うーん。悪くはないけど、悪いと言う人はいるみたいな感じかな。まあ、その辺りの詳しいことは今度飲んだときにしよう。素面で話す話じゃないしな。で、その感じだと型の稽古をしていたのかな?」

「はい。ここ数日はできていなかったので」

「じゃあ、せっかくだし練習試合でもしてみるか?」

「いいんですか? よろしくお願いします」


「おう。こりゃこっちも真剣にやらないとな。おっと、そうだ。その前に、昇進おめでとう」

 什長さんに続いて口々にお祝いの言葉をもらえる。

 それから先輩たちは肩で息をして床に座りこんでいるシモンに視線を向けた。

「あれがクエルの部下かい? 強盗団に捕まっていたとかいう?」

「そうですね。お見知りおきを」

 シモンはなんとか呼吸を整えたのか、僕の側にやってきてかかとを揃える。

「伍長殿。命ぜられた基本の型各100回終了しました」

「そうだった。クエルじゃ無かったな。クエル伍長だった」

「誰だ? さっき呼び捨てにしたの?」

「俺は什長だからセーフ」

「おっと危ねえ。俺たちは気を付けなきゃな」

 先輩たちは囃し立てた。


「あの。クエルで大丈夫です」

「クエル伍長。軍隊ってのはそうはいかねえんだ。それで秩序を保ってるんでな」

 什長は僕の肩に手を置く。

「それじゃ、練習試合としようか。伍長。まずは俺とひと勝負しようぜ」

 棚から練習用の木剣を取ってくると1本を僕に渡した。

「よろしくお願いします」

 軽く木剣を合わせてから距離を取る。


 気合の声と共に縦に剣を振り下ろすと什長は正面から受け止めた。

 カンと高い音が響き渡る。

 そのままグイと押し返された。

 と思うとものすごい勢いで左右から連続攻撃を仕掛けてくる。

 剣を振る力を乗せた動きは速く重い。

 細かく足を動かして微妙に位置を変えながら、なんとか全部受け流した。

 けれども押され気味で反撃のタイミング掴めない。

 木剣を握った手が痺れるほどの強打に焦りが募る。

 なんとか受け流しつつ体の位置を入れ替えようとしたところで足を刈られて転んでしまった。

 

 剣を手放さないようにして床に転がり起き上がろうとしたが、目の前に木剣の先端が突きつけられる。

 什長はニヤリと笑うと僕の前から切っ先を外して剣を肩に担いだ。

「実戦を生き延びたからそれなりの腕前だろうと思っていたが、なかなかのもんだな」

 僕は起き上がるが自然と肩が落ちてしまう。

「これが実戦だったら僕は死んでます」

「ま、これは訓練だし、次の戦いまでに強くなりゃいい。それに俺は伍長の敵じゃない」


「はい。頑張ります」

「俺の連打をあの回数も受け流せたのは悪くない。普通ならあそこで勝負が決まってる」

 先輩の1人が僕の肩を叩いた。

「そうだぜ。什長の本気のあれを受けられるのは何人もいない。正直に言うとな、俺は4回で剣を飛ばされる。なので、気落ちすんな」

「はい。ありがとうございます」

「というわけで、伍長は一旦お休みで、シモン、俺とやろうぜ?」

「え、オレですか? オレ、もう腕動かないですよ」

 そんな騒ぎの横で什長が僕の動きを検証してアドバイスをしてくれる。

 負けたのは悔しかったけど、色々と収穫の多い練習試合だった。

 


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