間奏曲 姫騎士クリスティーヌ
「ねえ、クリスティーヌ。大変よ」
シモンとかいう少年を脅しつけてから王国ブレガにある将官用の宿舎に戻って書類仕事をしているとアイリーンが部屋に飛び込んでくる。
私が信頼する護衛兼副官は二人きりの時は私のことを名前で呼んでいた。
「どうした? 強盗団の失敗に業を煮やして黒幕が出てきたか?」
「ようやく敗報が伝わったかどうかという頃でしょう。大変というのは兵士たちがいかがわしいお店に出かけたんです」
私は持っていた書類を取り落す。
「まさか、クエルを連れていったのか?」
「そうです。什長の1人がとても気に入ったらしく自分たちが出かけるのに同行させたようです。それだけ認められたということではありますね。こんなにも早く打ち解けるというのは流石です」
「クエルは夜の店で散財をする金はない……」
「兵士というのはこういう時は先輩がお祝いと称して金を出すものなんです」
「ああっ、もう」
こうしてはいられないとすぐに馬に乗り追いかけた。
「クリスティーヌ。追いかけるのはいいけど大丈夫なの? 自分に手を振られたと勘違いしただけで気が動転したのに」
「何とか正気を保つよう努力するわ」
通路を通り抜けた先の帝国ブレガの夜の街は結構繁盛している。
長々と砂漠を渡って旅をしてきたキャラバンがようやく到着したと羽を伸ばすからだった。
なんと3軒もそういうサービスを提供する店がある。
「どこの店にしたと思う?」
私はアイリーンに尋ねた。
頼りにする副官は私よりも下級兵士の実態に詳しい。
「死者も出た戦闘の後です。次も生き残る保証はないと考えて、1番いい店に行くはずです。クエルへのお祝いも兼ねているとなればなおさらに」
1番立派な娼館にたどり着いたところでひと悶着が起こる。
アイリーンに馬の番をするように言いつけて、門番に兵士の一団が客として来ていないか尋ねたところ回答を拒否された。
「それはお答えできません。お客さんが楽しんでいるところに無粋な真似はやめていただけませんか? まあ、恋人がこういうところに来て心穏やかじゃないというのは分かりますが」
「馬鹿なことを言うな。私は帝都から派遣されてきたローフォーテン将軍だ。配下の者に火急の用があって呼び戻しに来ただけだ」
「本当に将軍なんですか? 確かに立派な軍服は着てますがね。残念ながら私はお顔を存じ上げないんで。駐留軍の方なら分かるんですが、誰かご一緒ではないんですか?」
「悪いが呼んでくる時間が惜しい。通らせてもらうぞ」
「ちょっと待って……」
私を止めようとした門番は急によろめき声が弱々しくなる。
「出力は下げてある。一時的に手足が萎えるがすぐに元に戻るだろう」
中に入るとその辺にいた給仕を捕まえた。
「若いのを1人連れた帝国兵の一団が来ているはずだ。私は遅れて到着したんだが、席はどこだ?」
門番が通したことで問題ないと判断したのだろう。
私の上から下まで視線でひと撫でした給仕は2階の奥の大部屋にいると答えた。
1段飛ばしで階段を駆け上がりそれらしい部屋に向かう。
私の耳は若い女の声がクエルの名を呼ぶのを捕らえた。
帳の向こうから力強い声がする。
「選びきれないってんなら両隣のどちらかにしておきな。お店の女将のイチオシだ。俺もいい女だと思うぜ。2人から絞り切れないならコイントスで決めるか?」
思わずセリフが口をついて出ていた。
「じゃあ、私が決めてやろう。帰るぞ、クエル」
帳をはねのけ中を見ると円卓の中ほどで若い女2人がクエルにまとわりついていた。
どちらも美しい部類に入る女たちであられもない恰好をしており、獲物を狙う表情をしている。
クエルは途方にくれた顔をしていた。
憮然とした表情になるのを抑えられない。
什長が呆然とした表情で私が現れた理由を聞いてくる。
慌てていたので何も考えていなかった。
まさか、クエルの貞操を守るためというわけにはいかないだろう。
とりあえず騒がせた詫びを言いながら、適当な言葉を探す。
「急ぎクエルに確認したいことがあってね。なんでもクエルに聞くことになって負担だろうが、君しかいないので我慢をしてくれ。では行くぞ」
自分で言っていてなんのことだか分からない酷い内容だった。
まあ、どんな内容でもこんな場所で詳らかに語れるわけもないので意外とそれらしく聞こえるかもしれない。
クエルは立ち上がると仲間に頭を下げて礼を言う。
慣れない場所に連れてこられて困惑していただろうに感謝の言葉を忘れない。
私の知るクエルらしい行動に胸が熱くなった。
顔が笑み崩れるのを見られないように先に外に出る。
そこで顔をこすって表情を整えるとクエルを待ち構えた。
出てきたクエルはホッとした表情をしている。
危ないところだった。
もう少しで私の大切なクエルがどこかの馬の骨に奪われたかもしれない。
そう思うと勝手に手が伸びてむんずとクエルの手を掴んでいる。
外に出ると馬に乗る乗らないでまた揉めたが無事に私の前にクエルを確保した。
鎧を着ていた前回と違って腕にクエルの引き締まった腹の感触が伝わってくる。
そして、私の胸は逞しい肩に押し付けられていた。
馬が走るのに合わせて布地越しにこすられ胸の先端に甘い心地よさが広がる。
いかん。
これでは私は痴女ではないか。
気を強く保とうとしたところでクエルが質問してきた。
「あの。僕を呼び出された用件というのは何でしょうか?」
君を他の女から守るためだ。
ああ、このまま宿舎に連れ込んで私のものしたい。
そんなことしか考えられず、あいまいな返事をする。
「ああ、うん。それはだな。えーと、大事なことだ」
なんとかアイリーンのアシストを得てその場はごまかすことができた。
下馬するとすぐにアイリーンが頭を寄せて囁いてくる。
「それでなんと説明するんですか?」
「何も考えていない」
とりあえず会議室でクエルを待たせてアイリーンと急いで鳩首した。
なんとか筋立てを考えて会議室に戻る。
待たせた詫びを言うと逆にクエルに謝られ、さらに什長が叱られないかと心配をした。
本当は真面目な好青年に悪い遊びを教えるんじゃないときつく叱責するつもりだったができなくなってしまう。
シモンという食わせ者の嫌疑が晴れたという話をするとクエルが笑みを浮かべた。
自分以外の者のために喜ぶ顔を見て複雑な気分になる。
くそう。その顔は私だけのものだ。
ただ、そのもやもやとした気持ちはすぐに晴れる。
「僕、クリスって友達がいたんですけど、そいつが読み書きできて悔しくて勉強したんです。再会したときに恥ずかしくないように……」
健気さに感無量になり抱きつきそうになる衝動を抑えようとしたら、唾を飲み込み激しくむせた。
この後は心を乱さないようにしてクエルが昇進することと、シモンに気を許さないようにと伝える。
もっと話をしていたいのにクエルは切り上げていいかと聞いてきた。
まあ、かなり遅い時間なので仕方ない。
用は済んだことを伝えるとクエルが退室していく。
それをアイリーンが追いかけて戸口のところで親しげに話をしていた。
何か面白くない。
「できることなら何でもしますから」
クエルのセリフにアイリーンの背中を睨む。
なんの話をしているんだ?
「ああ、クリスを捜す話ね。任せて」
振り返りながらアイリーンは声を大きくし、私は嫉妬の炎になんとか水をかけることができた。
扉を閉めて戻ってきたアイリーンが肩をすくめる。
「あの。そんな目はやめてください」
「ああ。誤解だったというのは理解した」
「なら、いいですけど」
それから、アイリーンと現状の分析を行った。
どうも色々ときな臭い陰謀が渦巻いているらしい。
王国兵の反乱、タイミングを合わせた強盗団の襲撃、背後にうごめく城塞都市ティレン。
自然と笑みが浮かぶ。
この陰謀を叩きつぶす過程でクエルに功績を上げさせるのだ。
私は全然気にしないが、周囲の目をクエルが気にするかもしれない。
せめて百人長、できれば大隊長ぐらいまで出世させて婿にする。
そうしたら、2人の城で思いっきりイチャイチャするのだ。
朝から晩まで……。
思わず頬が緩む。
その様子を見たアイリーンが呆れた表情をするのでちょっとだけ反省した。
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