県大会2回戦 斧中vs白石⑦ 決着
スコアボードには「0-6、0-6」
数字だけを見れば、ダブルベーグル。完敗だった。
けれど、一ノ瀬の目には違って見えた。
(……悪くない。むしろ、想像より良い)
白石は最後までラケットを振り抜いた。
スライスで斧中のリズムを崩し、時にはライジングでカウンターを狙う。
打点はまだ不安定だが、タイミングが合えば一気に攻撃へ転じられる――
その“可能性”が一ノ瀬の目には確かにあった。
最後のポイント。
斧中のストロークに白石は思いっきりラケットを伸ばすが、ボールは彼女の横を抜けていった。
白石は短く息を吐き、ラケットを胸の前に下ろす。
小さな拍手がコートを包んだ。
斧中はネット際に歩み寄り、笑顔で右手を差し出した。
「お疲れさま、けっしょうちゃん。最後のライジング、ちょっとヒヤヒヤしちゃった」
白石はきょとんとした表情を見せ、それでも静かに手を握り返す。
「……ありがとうございました」
斧中はそのまま軽く笑い、いたずらっぽく首を傾げた。
「ラリーで振り回しちゃったけどさ、一生懸命追いかけてるけっしょうちゃん見てたら――胸がキュンキュンしちゃったよぉ〜」
白石「えっ?」
「さすが、うちのモブちゃんを破っただけはあるねぇ~。時々スコートからチラチラ見える白い太ももがさぁ――」
パシン!
乾いた音が響いた。
「いたっ!?」
斧中が頭を押さえると、そこにはラケットを構えた北条由佳が立っていた。
「セクハラやめなさい。いくら同性でも訴えられるわよ」
「ゆ、ゆかち!? 不意打ちはずるいって!」
「あなたが口を滑らせるからよ」
北条は冷静な口調のまま、もう一度ラケットをトントンと肩に当てる。
その仕草が妙に怖くて、斧中は両手を挙げて降参のポーズを取った。
「ごめんごめん!褒めたつもりだったんだって!」
「褒め方が最低なのよ」
「はいはい、反省してまーす」
斧中はひょいと体を引いて、苦笑いを浮かべる。
「けっしょうちゃんごめんね。次も頑張ってね!」
白石「……次、ですか?」
「うん。今年のシングルスは――」
斧中が何か言いかけたところで、小暮が割って入った。
「……さっさと去ってくださいな。それに、白石さん」
「は、はい」
「さっきの話、真面目に考えて頂戴」
白石の肩がわずかに震えた。
「で、でも、わたし――」
「大会中なのにいきなりあんなこと言ってごめんなさい。でも、私は」
北条が軽くラケットを構え直し、やんわりと口を挟む。
「小暮さん、ラリー練習。係員の方、こっち見てるから。2人も早く退場してちょうだい」
「……とにかく、そういうことだから」
小暮は短く言い残し、視線をそらした。
白石は小さく頭を下げ、斧中とともにコートを後にする。
風が抜け、ネットがかすかに揺れた。
その音を背中で聞きながら、白石はタオルで汗を拭った。
(終わっちゃった……でも、もう少し、やれる気がした)
コートの外、空の端で雲がゆっくり厚みを増していく。
春の光が薄れはじめ、風の匂いだけが少し湿っていた。
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