県大会2回戦 続々と呼ばれる選手

「女子シングルス2回戦。寺地選手、佐伯選手、第6コートで試合です。

星空選手、村上選手、第7コートで試合です。準備をお願いします――」


スピーカーから流れるアナウンスが、冷たい風に乗って会場を横切った。

少し離れた場所では、別の呼び出しが重なって聞こえる。


「男子シングルス2回戦。荒木選手、川端選手、第1コートへ!」

「女子シングルス2回戦。井上選手、藤森選手、第10コートで試合です!」

「男子シングルス2回戦。中嶋選手、木本選手、第14コート、準備をお願いします――」


声がいくつも重なり、ファスナーの開く音、シューズの砂を払う音、

どこかで鳴る笛の短い合図と混ざり合う。

全18面のコートが同時に動き出す午後。

会場全体が、ざわめきと緊張を帯びていた。


まだ三月の終わり。

陽は少し傾きかけているが、空気には冬の冷たさが残っている。

風が砂を舞い上げ、ネットをかすかに揺らした。


一ノ瀬の隣で観戦していた星空と寺地が、同時に顔を上げる。

「……呼ばれたね」

「うん、行かないと」


二人の視線は、まだ続いている第8コートへ向かう。

スコアボードには「6-0、5-0」。

斧中かなこが、安定したテンポで白石結晶を追い詰めている。


「あと、もう少しだけ見たいけど」

星空がラケットバッグの紐を握りながら呟く。

寺地は、淡々と答えた。

「カナカナ、もう仕上げに入ってる」


コートでは、白石がベンチに腰を下ろし、静かに息を整えていた。

タオルを握る手が少し震えていたが、その眼差しはまだまっすぐだった。

対面の斧中は、タオルを頭にかけたまま、スタッフと軽く言葉を交わしている。

その表情は明るいが、油断の色はない。


一ノ瀬は腕を組んだまま、その光景をじっと見つめていた。

(……まだ終わっていない。白石さん、最後の一球を探してる)


風がコートを渡り、ネットがかすかに鳴った。

遠くでまた別のアナウンスが流れる。

「男子シングルス2回戦。高梨選手、安藤選手、第17コートで試合です――」


「イチノー、行くね」

星空が軽く肩を叩く。

「……あぁ。頑張って」

「うん。そっちも見届けてね」

寺地は短く頷き、ラケットを肩にかけて歩き出した。


二人の背中が遠ざかるころ、白石がラケットを握り直す。

ゆっくりと立ち上がり、ベースラインへと歩み出る。


――試合の最後のゲームが、始まろうとしていた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る