県大会2回戦 休憩中のいざこざ①
(0-6、0-3――)
スコアボードの数字は、淡々と現実を刻む。
第1シード・斧中かなこが圧倒し、白石結晶は懸命にボールを追っていた。
私は、一ノ瀬たちのいるメインスタンドから離れた日陰のベンチに腰を下ろしている。
少し離れただけで、歓声もざわめきも遠い。代わりに、打球の乾いた音だけが規則正しく響いてくる。
(落ちてくる球を狙ってる……後ろに下がって対応してるのね)
結晶さんの動きは慎重だった。ボールが落ちる“間”を見極めるように、ラケットを振り抜く。
その一打一打に、あの子なりの「考え」が見える。
(あのエッグボールを正面から叩くのは、今の彼女では無理。落ちてくるまで待って沈める選択は悪くない)
理屈は合っている。けれど、理屈だけで勝てるほど、テニスは甘くない。
斧中のスピンは、ただの技術じゃない。打球の軌跡に“呼吸”がある。
打点のたびに風が変わるようで、相手はその都度、世界を作り替えられてしまう。
(県レベルで止めるのは……容易じゃないわね)
私は水をひと口飲んだ。
キャップを閉める小さな音が、やけに響く。
その静けさの裏で、小さな声が耳を刺した。
「ほんとサウスグリーンの恥さらし」
「温情で応援してやってんのに」
「一方的すぎて、見ててつまんない」
「それなっ」
笑い声が混じる。わざとらしい甲高さ。
(……鬱陶しいわね)
後ろを振り返ると、数人の女子がスマホを手に立っていた。
日差しに反射した画面が、彼女たちの顔を白く照らしている。
ウィンドブレーカーの胸に、見慣れた刺繍――SGTHの文字。
(確かあのイニシャル……サウスグリーンテニスヒルズ。白石さんのクラブ)
彼女たちは笑いながら続けた。
「でも、早く終わってくれそう。だるいからありがたいわ」
「お情けで応援してあげてるだけだしね」
「それなっ。練習のときもあの子、全然声出さないから」
その“応援”に、温度はなかった。
(同じクラブなのに……仲間って感じがしない)
まるで、“失敗した同僚”を見て安心しているような――そんな薄い笑いだった。
観客席の前列では、年配の観客が小さく眉をひそめ、しかし口を出すことはない。
彼女たちの笑い声だけが、妙に浮いていた。
(……いないほうが、まだ静かでいいわ)
「なんなら、斧中さん応援した方が楽しくない?」
「……今からそうしない?」
「えっ?マジで」
(何を言ってるの、彼女たちは。そんなことをするくらいなら……)
私の指先が、膝の上でわずかに動いた。
握りしめたペットボトルが、かすかに軋む。
その瞬間、近くで人の影がわずかに揺れた。
誰かが立ち上がる気配。
私が顔を向けるより早く、低く鋭い声が響いた。
「――あなたたち、いい加減にしなさいよ」
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