県大会2回戦 休憩中のいざこざ②

立ち上がったのは、小暮だった。

その声は鋭く、会場のざわめきを断ち切った。


「――あなたたち、いい加減にしなさいよ!」


SGTHの女子たちが一瞬たじろぐ。だが、すぐに開き直るような笑いが返ってきた。

「なに? いきなり」

「関係ないでしょ、あなた」

「応援してるだけじゃん。」


「あなたたちのクラブでは、仲間をコソコソ笑うのが応援なの? ふざけないで!」

小暮の語気は強く、喉の奥で熱をこらえるように震えていた。

それは怒りというより、悔しさに近い響きだった。


彼女たちは顔を見合わせて、わざとらしく笑う。

「うわ、マジメ〜」「本気にしてるの?」「そんなの冗談でしょ」

軽い調子のその笑いが、より一層場を冷たくする。

(……悪気がない分、質が悪いわね)

私は小さく息をついた。


「――リカ、やめなさい」

立ち上がりながら声をかけると、小暮が振り返る。

私の声は静かだったが、そこには一切の余裕も笑みもなかった。

一瞬、周囲の空気がぴたりと止まる。


「試合前なんだから、興奮しないの。さっきの件片手やめろもそうだけど、あなたは少しストレートすぎるのよ」


「……でも、あの人たちの発言、なんか許せない」

小暮は歯を食いしばりながらも視線を逸らさない。

(まったく、正義感が強いのは悪いことじゃないけど……)


私は一歩前へ出た。

SGTHの女子たちは、あからさまに気まずそうな顔をする。

私は微笑んだまま、声のトーンだけをほんの少し落とした。


「すみません。この子が会話の邪魔をしてしまって」


その瞬間、彼女たちの表情が強ばった。

笑い声が喉の奥で止まる。

「北条さん……ご迷惑を。つい白石さんが不甲斐ないから、つい」

後ろの方小暮さんにも不愉快な思いさせちゃってぇ〜。ごめんなさーい」

「ほんのジョークなんで気にしないでくださーい」


(……本気で悪気がないんだ)

その無自覚さが、いちばん厄介だった。

人を傷つけている意識がないから、罪悪感すらない。


「――あなたたちは、帰ったほうがいいわ。本当に不愉快で、迷惑よ」


声は穏やかで、まっすぐ。怒鳴り声でも叱責でもない。

それでも、空気が一瞬で変わった。

三人の表情が引きつり、目線をそらす。


「悪気なんてなかったのに……」

本当に“悪気”はなかった。

ただ、想像力がなかった。

自分たちの言葉が誰かを削っていることに、心のどこにも引っかからない――その無神経さ。


「聞こえなければいいと思って言うのが、一番悪いことよ」

静かな声が、風のように落ちる。

怒気というより“重み”があった。

誰も次の言葉を発せなくなり、風の音だけが残った。


“悪気のない人間”ほど、怒らせるといちばん怖い。

彼女たちはようやくそれを悟ったようだった。

小さく何かを呟いて、SGTHの女子たちは慌てて荷物を掴み、足早に去っていった。


係員が遠くで様子を見ていたが、もう近づいてくる必要はなかった。


小暮は肩で息をしていた。

「……ごめんなさい。ちょっと、カッとなっちゃって」


「いいから。落ち着きなさい。私たちの試合、もうすぐ呼ばれる」

私はベンチへと戻りながら、彼女の声を待つ。


小暮は深呼吸をして、遠ざかるSGTHの背中に視線を送った。

そして、静かに言った。


「……迷惑だから、もう戻ってこないで」


その声には、怒鳴りでも皮肉でもない、透き通った拒絶があった。

私は何も言わなかった。

不器用でも、真っすぐに怒れること。それもまた、彼女の強さだ。


(……まったく、昔から変わらない子)


風が通り抜け、ベンチに残る緊張の匂いをさらっていった。

静寂だけが、少し遅れて戻ってくる。

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