休憩中⑥

通路の奥に、まだ声の残響が漂っていた。

さっきまであの場所にいた先輩たちの笑い声――

それが遠ざかるにつれ、空気がひどく冷たく感じられた。


白石の先輩たちは怒鳴っていたわけじゃない。

むしろ、穏やかで、優しげで諭すような語り口だった。

「大丈夫」「気にしないで」「私たちも悪かった」――

そう言いながら、微笑んでいた。


けれど、その笑みがどうしても気になった。

言葉の温度と、目の奥の色が反比例してるような。


(……なんだろうな、くそっ)


言語化ができない。確信が持てない。

彼女達は庇っているようで、なにか突き放してるような。

声のトーンも表情も落ち着いてるのになぜか胸の奥がざらつく。


まるで、よくできた人形たちが「優しさ」を演じているみたいだった。

感情がなく、中味が空っぽのような。


(……悪い人に見えない。けど…あまり関わりたくない。でも…初対面相手にそんな判断を下していいのか?)


白石さんが小さく頭を下げるたびに、

その場の空気がゆっくりと濁っていく。

見えない何かが滲み出してくるような――そんな気配。


その“違和感”が、静かに形を持ち始める。

恐怖とまではいかない。けれど、確かに何かが矛盾している。


一ノ瀬は短く息を吐いた。

手のひらの汗が冷たく、やけに重く感じられた。

彼女たちは本気でそうしているのか、それとも――


(……いや、考えるな。今は白石さんを落ち着かせるのが先だ)


そう思いながらも、胸の奥のざらつきは消えなかった。

まるで、見えない霧が静かに立ちこめていくように。


――通路に、静かな風が吹き抜けた。


白石は息を切らせたまま立ち尽くしている。

さっきの出来事――先輩たちの冷たい視線、一ノ瀬の介入。

その全部がまだ胸の奥に刺さっていた。


俺は少し離れた場所から、その様子を見ていた。

何か声をかけようとするけれど、どんな言葉も軽く思えて出てこない。

互いに沈黙のまま、時間だけが過ぎていく。


「……すみません」


ようやく、白石が小さくつぶやいた。

俯いたまま、指先をぎゅっと握りしめている。


「謝ることじゃないよ。悪いのは――」


思わず口を開いたものの、言葉が喉の奥で止まった。

“悪いのは”という言葉は、彼女をまた追い詰めてしまう気がした。

俺は少しだけ声を落とした。


「……無理しなくていい。もう大丈夫だから」


白石は小さく頷いた。

けれど、その頷きには力がなかった。


通路の向こうで、人の気配が遠ざかっていく。

その静けさの中で、彼女の肩がわずかに震えていた。


SGTHサウスグリーンテニスヒルズ……彼女はここにいて問題ないのだろうか。)


胸の奥で、やはり何か漠然とした不安があった。

“違和感”の正体も掴むことができない。雲をつかんでる感覚。

もっと深い場所に、彼女を締めつける何かがあるような




……この時、初めてそう思ったのかもしれない。

彼女を助けないといけない――

そう思ったのは、この時が初めてだったのかもしれない。


白石さんと初めて会ったばかりだというのに、その確信だけが、胸の奥に静かに恐らく残っていたんだと思う。

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