第27話行事と葛藤
風邪が完治してから数日。学園の生徒たちは上椿の退学騒動なんてもうなかったかのように学園生活を送っている。
あれだけ暴れておいても、結局はすぐに忘れられる。相応の制裁が下ったことは学園の名誉的には好ましい事なのだろう。
俺としては、あいつを忘れることなんてできない。それは憎き相手だからという理由の他にも、星海のことも関係している。
上椿の騒動から数日前、星海が警察のお世話になったと噂を聞いた。それも、刃物を所持していたらしい。
その刃物を誰に使う予定だったのか。……考えるだけで背筋がぞっとする。
幸運なことに、通報を受けて巡回していた警官に捕まったらしいが、もし俺達の所に到達していたらと思うと生きた心地がしなかった。
現在は不登校状態になっているらしい。できることなら、このまま学園からも俺の記憶からも消え去ってほしいところだ。
そんな暗い出来事があった後、学園は陰鬱な空気に包まれていた……なんてことはなく。
我がクラスは授業中にも関わらず大きな盛り上がりを見せていた。
何故なら……
「それでは、球技大会の出場競技を決めるぞ!!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」
球技大会。我が天野川学園の三大行事の一つ。
三大行事の中で一番先に訪れる球技大会は、結果によって今後のクラスの結束力を左右する大切な行事。
この球技大会で優勝できれば、その一年は安泰だと言われているほどだ。
あんな騒動があった後のことだ。みんな良い話題を求めているのだろう。
我がクラスでは尼崎を中心に、男子と女子に分かれて出場競技を決めることに。
例年、サッカーやバスケが大盛り上がりを見せているこの大会。実は我々二年生が一番有利だと言われている。
二年生は部活で現役で活躍する生徒が多い。逆に三年生は既に引退し、受験に向けての勉強に力を入れる生徒が多いため、あまり練習に力も入れられない。ゆえに、肉体的にも精神的にも二年生が有利と言うわけだ。
優勝を狙うならば、この年が一番可能性が高い。それゆえにクラスのみんなの熱量も、昨年のモノよりも滾っているように見えた。
「今年は才女の如月さんもいるんだ。優勝狙うぞ!」
もちろんのこと、運動神経も抜群な如月は今年も大活躍が予想される。彼女の活躍が今から楽しみだ。
「えぇ、任せておきなさい……日向くんの笑顔に誓って、このクラスを優勝に導くわ……!」
(そこはクラスのみんなに誓えよ)
「よし、それじゃ競技ごとに練習を行うこと。休憩は各自行うように」
尼崎の迅速かつ丁寧な進行もあってか、出場競技決めはスムーズに決まった。
俺の出場する競技はバレー。人数の少ないところに数合わせとして入った。
……正直、バレーには良い思い出よりも苦い思い出の方が多い。自信があるかと言われたら、そうではないだろう。
「バレーの奴らは……」
「お!蓮人、こっちこっち!」
図体のでかい金髪野郎がぶんぶんと手を振っているのが見えた。どうやら、俺はあの野郎とチームらしい。
「よう綺羅。お前、バレーに出んのか?」
「おうよ!よろしくな!」
爽やかな笑顔を浮かべる彼は
キラリンの愛称で皆からは呼ばれている。この前俺の顔面にボールを当てやがったのはこいつだ。
「よう蓮人。どうやら一緒みたいやな」
「千堂。お前がバレーに出るのか」
こっちの黒髪赤目のくせっけは
「お前ら……サッカーとかバスケ出なくていいのか?」
「戦力分散ってやつ?らしいぞ?出れる経験者の人数も限られてるらしいし」
「俺馬鹿だからよく分かんねぇけどよォ、全部勝ちゃあ幸せだよナ~?」
「馬鹿ばっかりだな……他には?」
「尼崎と、竜崎と猫宮らしいで。先に体育館に行ってしもたらしいな」
「綺羅だの竜崎だの、相性悪そうだな……」
「俺達もいくべー!」
綺羅と千堂と共に体育館へ。先に来ていた尼崎たちに合流する。
「尼崎ー!馬鹿二人連れてきたぞー」
「お疲れ様。先に準備してたから、さっそく始めようか」
馬鹿三人と準備運動を終え、練習に合流する。
ついでに残りの二人も紹介しておこう。
赤毛のスパイキーショートは
もう一人の銀髪マッシュは
「レンレン、しくよろ」
「竜崎が一緒だと心強いな。……猫宮もよろしくな」
「……よろしく」
笑って語り掛けるが、猫宮はそっけなくそっぽを向いた。
俺の交友関係は浅く広くを心掛けている。そのおかげで、学園内では顔は広い。
しかし、あまり関わりのない生徒もいる。そのうちの一人が猫宮だ。
ミステリアスな雰囲気漂う猫宮は大人しい性格で、部活動にも所属していないためか謎が多い。この機会に少し話せるようになるといいのだけど。
そんな不安を抱えつつ、練習が始まる。現役バレー部の尼崎を中心として練習を行っていく。
バレーボールという競技は初心者には難易度が高い。一度もボールを床に落とすことなく、仲間に繋いで相手に返さなくてはならない。この球技大会においては、経験者の人数がモノを言う。
うちのクラスの奴らの実力はどうかと言うと……
「オラッ!」
「たかやんやるじゃん!サッカーよりも上手い!」
「それは言い過ぎだろ……」
「よっ」
「……綺羅くん、トスうまいね」
「おうよ!ハイキューとオリンピックの試合見て学んできた!」
意外にも才能を発揮して実力を見せていた。
綺羅は持ち前の観察眼と身体能力でセッターとして機能し、竜崎は三段跳びで鍛えた脚力で強烈なアタックを叩きこむ。
千堂は練習していたらしいジャンプサーブを見せつけ、猫宮はまさに猫のような素早い動きでそれを上げて見せた。
「みんな上手だね。これは今年は優勝狙えるかも」
「まだチームで見れば粗削りだけど、これは才能の塊集団だな……」
「……日向くんも結構上手だよね。運動部だったの?」
「あー、いやぁ、まぁな」
俺は中学時代はバレー部だった。それを回りに明かすことはしていない。する必要はなさそうだし、みんなが活躍する場があるのなら俺は空いた穴を埋めるだけだ。
(みんなやる気あるな……今年は優勝賞品もあるらしいし、その分熱意があるのかな)
「……日向くん」
唐突に背後から声をかけられて振り返ると、猫宮が碧眼を光らせて立っていた。
一対一で話すのは始めてのことだ。少し緊張しながら聞き返す。
「どうした猫宮?なにか用事か?」
「僕、オーバーハンドが苦手で……ちょっと教えてくれない」
「いいぞ。オーバーハンドは親指、人差し指、中指を柔らかく使って……」
「えっと、こう……?」
猫宮の手からふわりとボールが上がる。こんなに早く飲み込めるのは才能だ。
「そうそう。猫宮は飲み込みが早いな」
「ありがと。日向くんも教えるのが上手だね」
猫宮はどこか懐かしむような目で優しい笑みを浮かべる。その表情は達成の喜びというよりも、なにか渇望していたモノを得られた時の充溢感を露わにしているようだった。
「尼崎ー!三組が練習したいってー!」
「お呼ばれしてるみたいだね。二人とも、行こう」
猫宮が小走りでコートの方へと駆けていく。その背中を追っていく最中、俺の脳内には一つの疑問が浮かび上がる。
(……あれ?猫宮はなんで尼崎じゃなくて俺に訊いてきたんだ?普通なら経験者の尼崎に訊くところだよな?)
俺の近くには尼崎もいた。普通なら素人に見える俺ではなく、現役の尼崎に訊くのが効果的だろう。それが分からない猫宮でもなさそうだ。
普段は関わることのない人間のはず。俺のことを知っているはずもない。
「れーんーとー!急げー!」
「……まぁいいか」
俺の思考は綺羅の声に搔き乱され、そのまま脳の片隅に捨てておくことにした。
ちょっとの違和感を感じながらも、俺は練習に集中するのだった。
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