第15話余韻と過去

「……ただいま」


 返ってくるはずもない言葉を期待しながら如月はぽつりと呟いた。


 広く閑静な廊下を進み、無駄に広い自室へと入る。スマホやら財布やらを机に置いて、如月はほっと一息ついた。

 ベッドに腰を降ろすと、そのままずるずると横たわる。孤独感に苛まれることの多いこの部屋で、如月の心はえも言えぬ満足感に包まれていた。


(デート、楽しかったな……)


 如月の脳内は今日一日のデートの光景が流れるようにフラッシュバックしている。

 水族館を二人で楽しんだ後は近くの茶屋へ行き、二人で一服。そのあとは観光名所である海沿いの景色を楽しんだ後に解散となった。


 途中、星海と上椿に遭遇するトラブルはあったものの、今日一日のデートは如月にとって満足のいくものとなっていた。


(ふふ、もっと好きになっちゃいそう……)


 如月は首にかけたネックレスを見て口元を緩める。

 他でもない日向からのプレゼントに如月の気分は高揚している。プレゼントとしてのネックレスが持つ意味。それは______


(貴方を独り占めしたい……ふふ、きっとそこまで考えてないわよね、日向くんは)


 こうしてまた一つ、日向との繋がりが増えていく。簡単に手放せないぐらいに強くなっていく関係が如月にとっては好ましい。

 もっと深く、もっと重く。日向からの愛を渇望する如月の心は膨れ上がっていく。


(……あの時はこんなことになるなんて、思ってもなかったな)


 中学に入って二年の歳月が経ったあの日、運命の出会いを果たした時のことを如月は思い出していた。


▼▽


 如月燐火は孤独だった。


 不仲な両親に育てられた如月は、常に両親の顔色を窺いながら過ごしていた。

 互いに自分の事を優先する両親が何故結婚したのか、当時の如月には分からなかった。


 後に分かったことだが、父は元々別の家庭を持っていた。不倫相手である母との間に生まれたのが如月。離婚をしなかったのは、僅かながらに二人の中に存在していた罪悪感のせいだったのだろう。


 中学に上がり、両親は離婚。母に拾われたものの、家には滅多に帰ってこず、一人暮らし状態。

 大人しく、当たり障りのない言葉を選んで過ごしてきた如月が甘えられるはずもなく、孤独を強いられることに。


 さらには、学校では如月の才能と美貌を恨んだ先輩からのいじめが横行。クラスでも孤立してしまった如月は精神的に追い込まれていた。

 

 社会からも、家族からも求められない如月に唯一手を差し伸べたのが日向だった。


 クラスも別。委員会で知り合ったわけでもない。ましてや顔を合わせるのも初めて。そんな如月を、日向はなんのためらいもなく助けた。


『自分にできないことはできる奴に任せる。でも、できることはしておきたいんだ』


 なぜ自分を助けるのか、と聞いた時に日向が言った言葉だ。

 初めは関わることを拒絶し、何度も突き放してきた如月だった。しかし、日向の献身的な努力とその真摯な姿勢に絆され、最終的にはその一言に心を許してしまった。


 どんなに傷ついたとしても自分を守ってくれた、そんな日向の存在を異質に思いながらも、如月の心は確かに高鳴っていた。


 その心が完全に射止められてしまったのは、とあるカフェでの出来事だった。


 数人の先輩から脅迫と暴力を受けた如月の姿に日向の堪忍袋の緒がぷっつんしてしまい、一人で大暴れ。

 全員蹴散らした後に教師からの事情聴取と説教を受け、ヘロヘロになった二人はカフェで休むことになった。


 あざだらけになった日向の顔を見て、如月の心はきゅっと苦しくなった。

 自分のためなんかに申し訳ないと言うと、日向は笑って返した。


『お前が無事で安心したよ。顔に傷でもついたら大変だからな』


 度が過ぎた程のお人好しは、ついに少女の凍てついた心を溶かした。


 愛に飢えていた如月の心に、日向は愛を与えてしまった。 

 拒絶なんてお構いなしに続けたその行為は次第に如月の欲望を膨らませ、愛を求め続ける怪物モンスターへと育て上げてしまった。


 人は常に何かを求め続けるモノ。その欲求を抑えつけることなど、誰にもできないのだ。


(ふふ……もっと、もっと近づきたい。他人でも友達でもなくて、恋人同士に……)


 願う程にその想いは強く、破滅への恐れから来る焦燥感に燃え上がっていく。


 誰にも渡したくない。

 自分だけのモノにしたい。

 もう二度と愛を失いたくない。


 如月は今日も明日も求め続ける。日向蓮人からの愛を。日向蓮人という存在を。


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