第13話対価と真価
唐突に現れた上椿に俺は驚きを隠せなかった。
上椿の隣にいる星海は如月を恨めしそうに睨みつけた。
「久しぶりぃ~元気にしてた?……その様子だと新しい女見つけたのかな?」
「奇遇だな。仲良さそうでなによりだ」
「あれれ?よく見たら燐火ちゃんじゃん。学園の美少女サマがこんなところで何してるわけ?」
「貴方にそれを伝える義理は無いわ。目障りだから消えて頂戴」
不機嫌オーラ全開の如月は近寄ってくる上椿の手を払いのけた。さらに、その鋭い視線で上椿を後ずさりさせた。
上椿はつまらなそうに悪態をつく。
「チッ、ってーな……知り合い見つけたから話しかけに来ただけなんですけどぉ?なにか問題でもあるわけ?」
「ウチの如月は気が難しくてな。気に入らない人間にはとことん牙を剥くんだよ」
「へぇ……失恋しちゃったからもう次の女に乗り替えってわけ?日向くんも結構軽いんだね」
上椿は煽るように嗤う。俺を煽って優越感に浸りたいだけなのだろう。
しかし、俺が挑発に乗ることはない。安い挑発に乗る程、俺の脳はおさるさんじゃない。
だが、その挑発は如月に火を着けてしまったようで。
「……そんなわけじゃないでしょ」
「……あ?」
「日向くんは軽いなんかじゃない。正義感が強くて、自分の犠牲なんて厭わないような真っすぐな人間なの。貴方のような女なら誰でもいいと思ってるお猿さんとは違うのよ。私の彼氏を馬鹿にしないでくれる?」
真っすぐな瞳で如月は反論を叩きつける。
自分の日向はただ快楽を求めるような馬鹿な男ではないと、真正面からの否定は留まるところを知らない。
「日向くんは常に周りに気を遣って生活しているし、自分が悪くても事を丸く収めようと努力してるし、何気に周りの人間からの信頼は厚いの。……そして私の事が大好きだし、私以外の女にはなびかないの!」
「き、如月さん?なんか後半に願望が入り混じってる気がするんですけど……」
「蜜月の関係の私達の時間を一分一秒でも貴方たちみたいな人間に消費している事実が癪なの。早く消えて」
「……何言ってるか分かんねーけど、そんな男に付き合ってるのもったいねーよ?俺の友達でよければいい男紹介するけど……ま、そんな男好きになる時点で性格はお察しか。見た目だけで、なんの努力もしてないお前じゃ、そういう奴の方が都合がいいんだろ?」
上椿の矛先が如月に向いた。
憎たらしく不快な笑みで如月を嘲笑する上椿は、自分のことなどすっかり棚に上げて如月を貶している。
如月は努力し続けてきた人間だ。周りからは天性のものとして処理されているが、そこに至るまでに途切れず続けた彼女の努力は、決してなかったことにしていいモノではない。
だからこそ、俺がここで黙ってるわけにはいかなかった。
「……如月がなんの努力もしてない?冗談言うのはよせ。如月はな、たとえどんなに逆風でももがき続けてここまで来たんだよ。たゆまぬ努力が、学園一の美少女を作ってるんだ。18%も知らない奴がなんの根拠もなしに努力してないなんて言うな」
「あぁ?さっきからよく分かんねーことばっかり言いやがって……お前らみたいなのに馬鹿にされるのが一番ムカつくんだよ!」
上椿の手が如月に伸びた。急な動きに如月は硬直した。
「っ……」
「おい」
如月が危ない。そう考えた瞬間、俺の体は自分でも驚くぐらいに素早く動いた。
体格差はあれど、止めることぐらいは容易い。上椿の手首を掴んだ俺はそのまま捻って如月から引きはがす。
「ってぇ……!!」
苦悶の表情を浮かべた上椿が睨んでくる。陳腐な睨みを跳ね返すように、俺は上椿を睨み返した。
「これ以上騒ぎにはしたくない。さっさと消えてくれ」
「っ、あーもうくだんねーわ。いくぞ」
上椿はあくまでも負けを認めたくないのか、なんともないふりをして去っていく。
「……お前の彼氏さんは行ったぞ。何をもたもたしてんだ?」
「……えっと」
立ち尽くした星海はもじもじとしながら俺の顔をチラチラを見てくる。なにかを口にしようとして、押し殺すようにまた口を閉じる。
そんな煮え切らない態度が気に食わなかったのか、如月が俺と星海の間に割って入る。
「日向くんは私のだから」
「っ……」
逃げるように去っていく星海の背中を見送り、俺達も場を離れる。一度疲れた体を癒すために休憩をとることになった。
▼▽
「もう、なんなのかしら……せっかくのデートが台無しよ」
ぷんぷん、という擬音が聞こえてきそうな如月は注文したパスタを口に運んだ。
あれから休憩のために水族館に併設されたレストランへとやってきた。
ここのレストランは名物の大水槽に面した造りになっていて、綺麗な水槽を眺めながら食事を摂ることができる。
このロケーションなら如月の心も癒されるだろうと読んでいたが、彼女は依然として上椿への怒りを見せていた。
「まぁまぁ、無事なんだし落ち着こう」
「落ち着いてられないわよ!あの男、好き放題言ってくれちゃって……許せない、私の日向くんを……!」
「はは……まぁ好き勝手言われたけど、俺は大丈夫だよ。如月が庇ってくれたしな。嬉しかったよ」
「……私も、嬉しかった。大事に思ってるのは、私だけじゃなかったんだなって」
「……なんか自分で言ってて恥ずかしくなってきたな」
「恥ずかしいぐらいがちょうどいいじゃない。その方が、記憶に残るもの」
鮮烈に残る如月との思い出の数々に、今日の出来事がまた一つ加わることになるのだろう。
自分の中に形となって残るというのは嬉しくて、ちょっとだけ寂しい。いつでもその感動を思い出せる分、失った時の事を考えると怖くなる。
如月との繋がりが、一分一秒でも長く続いてくれることを願おう。俺には彼女を繋ぎ止める理由も価値も、存在していないのだから。
▼▽
「あっ、ちょっとお土産見ていってもいいか?家族に買っていきたいんだ」
レストランを出た俺と如月はお土産を物色することになった。
今日はデートの後は天音の家に向かう予定だ。天音が気に入るものを何か買っていった方がいいだろう。
俺との予定がなくなって、かなり落ち込んでいたからせめてものお詫びだ。
(何がいいかな……クッキー……はありきたりかな。でも天音クッキー好きだったよな。ぬいぐるみでもいいけど……)
「……」
悩んでいると、何かをじっと見つめる如月の様子が目に留まった。
近寄って如月の視線を辿ると、ネックレスが飾ってあるのが見えた。二匹のイルカがそれぞれ向かい合うように配置されており、二つが合わさるとハートの形になるようになっている二つで一つのペアネックレス。どうやらカップル用らしい。
「あれ、欲しいのか?」
「あっ、えと……」
「1万2000円か……買うか」
「えっ、でも高いし……」
「なんのためにバイトしてると思ってるんだ?……今日は如月がここに連れてきてくれたからな。そのお礼だ」
店員さんを呼んでお土産と一緒にネックレスを購入。
早速ネックレスの片割れを如月に手渡す。如月が首につけると、彼女の胸元で煌びやかなイルカが輝いた。
「流石、似合うな」
「……ありがとう。大切にするわね。貴方からの、愛の証として」
(ちょっとしたプレゼントのつもりだったんだけどな……)
想定よりも重い捉えられ方をしてしまったが、如月が喜んでくれて何より。
彼女が喜んでいる姿を見ると俺もなんだか嬉しくなるし、なにより安心する。いじめられていたあの日からちゃんと抜け出して、幸せに過ごせているのだなと思うと俺がやったことも間違いではないのだと思えるから。
「日向くんも、このネックレスを見るたびに私の事、思い出してよね」
「嫌でも思い出すよ。他ならない如月だからな」
「……そういう返しをするから面倒なことになるのよ」
むすっとした如月はつまらなさそうに顔を背けた。
真っ赤に染まった耳が、隠しきれない如月の心情を吐露しているように見えた。
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