第12話水族館と二人
日曜の午前10時45分。人通りの多い駅前のベンチに座る俺の心はそわそわと落ち着かない。
待ち合わせの時間まではまだちょっとだけ時間がある。待ち合わせ時間よりは早く到着しようと思っていたが、浮かれているせいかかなり早い時間に到着してしまった。
今日は如月と過ごす初めての休日。向かう先は水族館。
最近こそ学園からの帰り道に二人で遊ぶことはあったが、こうして休日に待ち合わせて遊ぶというのは初めて。
休日に会うというだけでどこか特別感を感じている自分がいた。
(変なところないかな……ダサい奴だと思われないといいけど)
「日向くん」
到着して数分と経たずに、如月がやってくる。デートを楽しみにしていたのは俺だけではなかったらしい。
今日の如月は純白のブラウスとショーパンに、ジャケットを羽織った大人っぽい服装。彼女の持つ魅力を存分に押し出したコーデに俺は目を奪われた。
「お待たせ。待った?」
「いいや、今来たところだ。……思ったよりも早く着いちゃったな」
「楽しみにしてたからね。急な誘いだったのに、来てくれてありがとう」
たおやかに笑う如月に、俺の胸はきゅんを通り越してぎゅんと跳ねた。
(ぐっ、これが学園一と名高い如月燐火の魅力……恐るべし)
「……日向くん?」
「あぁ、いや、服、似合ってるなって思って」
雑な俺の返答に如月はきょとんとした表情になるが、すぐに砕けた笑顔を見せてくれた。
「ふふっ、ありがとう。日向くんのために気合入れてきてよかった」
「さすがは学園一の美少女様だな。誰が見ても可愛いよ」
「やめてよ。周りの評価がどうこうよりも、日向くんに可愛いって思ってもらえたことの方が嬉しい」
一通り褒めちぎったところで二人でバス停へと向かい、バスに乗り込む。
バスの中は俺達と行き先を同じくしたカップルたちの姿がちらほらと確認できた。
(……周りから見たら、俺達もカップルに見えるのかな)
そんな浮かれたことを考えながら、隣の如月に視線を向ける。多分、俺の隣に座っている彼女がこのバスの中で一番可愛い。
「日向くんは水族館好き?」
「結構好きだぞ。あの落ち着いた雰囲気に浸ってる感じが好きだ」
「へぇ……私と水族館、どっちの方が好き?」
「へぅ……?」
唐突かつ衝撃的な質問に俺は変な声を漏らしてしまった。如月は意地の悪い笑みを浮かべて笑った。
「ふふ、ちょっと意地悪な質問だったかしら?」
「お、お前なぁ……」
「私、取り乱した日向くんを見るのが好きなの。性悪な女でごめんなさい」
如月は咲き誇る桜のように、たおやかに笑う。からかわれてると分かっていても、彼女の可愛らしさに手も足も出ない。
ただ、やられっぱなしは性に合わない。俺はちょっとだけ反撃を試みることにした。
「……俺は、如月の方が好きだぞ」
「……へっ」
如月が硬直し、みるみるうちにその顔を真っ赤に染め上げていく。
季節を通り越した紅葉の如き彼女の様相は、普段とは違う可愛らしさを演出していた。
「……ありがと」
「……おう」
なんとも言えない空気のまま、バスに揺られて水族館へと向かうのだった。
▼▽
駅を一つ二つとまたいで、水族館へとやってきた。
休日だからか、カップルやら子連れの家族やらでかなり賑わっている。苦しいほどではなかったが、油断しているとはぐれてしまいそうだ。
「日向くん、手繋ぎましょ。はぐれないように」
如月の指がするすると俺の手に絡みついてきた。そしてすぐに腕も絡みついてくる。
「き、如月……?」
「せっかく繋ぐなら、しっかりとしたほうがいいじゃない?」
(いいけど……ちょっと色んな部分が当たってる……!)
腕に当たる柔らかな感覚にドギマギしながらも、如月と共に館内を進んでいく。
こんな調子で大丈夫なのだろうかという不安は、すぐに消え去った。
「「うわぁ……!」」
水槽の中を泳ぐ煌びやかな魚たち。
不思議な形のヒトデ。
独特の輝きを放つクラゲ。
愛嬌たっぷりなアザラシ。
大迫力のイルカショー。
水族館に来るのは何気に中学以来。普段知らない海の生き物たちに触れ合うのは、俺にとっても如月にとっても新鮮な体験だった。
「綺麗……」
名物の大水槽の前で瞳を輝かせる如月。青の似合う彼女の横顔は、この水族館という場所においては最高に映える。
「……だな」
「知ってる?人類はまだ海の15%程しか知らないんだって。まだ私達、全然海の事知らないのよ」
「へー……俺も如月のことはそのぐらいしか分かってないかも」
「流石にそれは言い過ぎよ。……18はあるわ」
「どんぐりの背比べってやつだぞ、それ」
「それもそうね」と如月は笑う。
二人で軽口を叩きながら水族館デートしているなんて、数年前の俺に言ってもきっと信じないだろう。
「……変な話だよな。俺と如月が二人で水族館に来てるなんて」
「そうかしら?ありえない話でもなかったけど……」
「ちょっと前までは顔を合わせたら話す仲だった。中学時代なんて、あんまり良い出会いでもなかった。それがこうして冗談言い合いながら笑い合えるって、なんか……すごい嬉しいなって」
自分で言っておいてなんだか照れくさくなってきた俺は笑ってごまかす。
如月の見開いた瞳が、恨めしそうに俺のことを睨んだ。
「……それ、無自覚でやってる?」
「え?いや、無自覚もなにも、本心というか……」
「そういうことを言うのは私だけにして。そうじゃないと許さない」
如月がその麗美な顔をずいっと近づけてくる。ほんの僅かに滲んだ独占欲が、ちくりと俺の胸を刺してくる。
不服そうな表情の如月に、俺は渋々頷いた。
「……でも、今の言葉は嘘じゃない。もっと如月の事を知れたらいいなって思う」
「そう。なら、今日で目指せ20%ね」
少しずつでも如月のことを知りたい。彼女の良いところも、悪いところも、知りたい。それが果てしない時間を要したとしても。
どんな苦労だって厭わない。そう思えるのはきっと俺が_______
「あれぇ?日向くんじゃん」
「……上椿?」
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