第5話後輩と嫉妬
鐘の音が鳴り響き、昼休みがやってきた。
昼休みとなれば生徒たちは各々学食に向かうなり、お弁当を持って屋上に言ったりするわけだ。
俺もいつも通り学食へと向かおうとしていたところで、教室の入り口に見覚えのある金髪少女の姿が目に入る。
「ねぇ、あの子可愛くない?一年の子かな?」
「誰の知り合いなんだ……ぐふふ、紹介してほしいなぁ……」
「あっ、先輩!」
俺の姿を確認すると、手を小さく振ってアピールしてくる。天真爛漫な彼女はいつだって元気だ。
「よう。うちのクラスの奴に何か用事か?」
「ふふ、先輩に会いに来ました!一緒にお弁当食べましょう!」
「あー、悪い。俺持ってきてないんだわ。学食でいいか?」
「先輩持ってきてないんですか?……大変ですね、一人暮らしは」
「ホントだよ……ま、学食は安いしおいしいからあんまり気にしてないけどな」
「そんなことだと思って……じゃじゃーん!」
天音が隠していた方の手から包みがもう一つ。もう片方に持っているものと同じ包みだ。
「先輩のために、お弁当作ってきました!私の手作りですよ」
「マジか……貰っていいのか?」
「誰のために作ったと思ってるんですか?先輩にだけ、ですよ!」
ばちんと星の出そうなウィンクをかました天音の手からお弁当を受け取る。異性からの手作り弁当という特別感に少し高揚していた。
が、それと同時に俺は背筋に走ったぞくりとした寒気に体を震わせた。
(っ……!?なんだ今の寒気は……)
「……日向くん?」
ゆっくりと振り返ると、そこには如月が立っていた。そのじっとりとした瞳は心なしかいつもよりも沈んでいるように見えた。
「き、如月……?」
「そちらの女は?」
「四ノ宮天音です。以後お見知りおきを」
天音はぺこりと頭を下げる。如月はそんな天音を見定めるようにジロジロと見つめ始めた。
「あ、天音は同じバイト先の後輩でな……仲良くしてもらってるんだ」
「如月先輩、ですよね?先輩からお噂はかねがね伺っております。自分じゃつり合わない、雲の上の人だと」
「……ふぅん?」
肌に走るしびれるような感覚。昼時の穏やかな空気がピリピリとしたものに変わっていくのが分かった。
如月と天音はどちらも笑顔だが、どこか圧を感じられる。見えないはずの火花が散っているように見えた。
「ふ、二人とも……?」
「如月先輩もよかったら一緒にお昼、どうですか?」
「……えぇ。お言葉に甘えて」
かくして、波乱の昼休みが始まった。
▼▽
教室から学食へと移動してきた俺達は、三人でテーブルを囲んでお弁当を食べることになった。
如月と天音は依然として張り付けた笑顔の元でつつき合いを繰り広げている。
「先輩ってば、この前失敗した私のこと庇ってくれたんですよ!優しい先輩に恵まれて幸せです」
「へぇ、そんなことがあったのね。私の知らないそんなところで……日向くんは中学時代から正義感の強い人だからね」
(なんだこの空気……胃がキリキリするんだけどぉ……苦しいんですけどぉ……)
二人から発せられる謎の圧に挟まれて俺の胃が悲鳴を上げている。……胃薬欲しい。
「はい、先輩。あーん♡」
「あ、あーん……」
天音の箸から運ばれてきたハンバーグを食べる。
彼女の手作りのおかずはどれも絶品だったが、凍てつくようなこの空気の中では素直においしいと喜ぶことは難しかった。
「先輩、ちょっとストップ」
「えっ」
天音の人差し指が俺の口元に伸びてくる。そしてぴっと口元をなぞると、彼女の指にはハンバーグのソースがついていた。
「ソース、ついてましたよ?ドジっ子アピールですか?」
「誰がするかよ」
「あーん……おいし♡」
天音は指についたソースを口に運ぶと、いじらしく俺の顔を見つめてくる。
小悪魔的な笑みを浮かべた天音は、からかうように小首を傾げた。
「先輩の味がします♡」
「お前なぁ……そんな事してると、勘違いした男に狙われるぞ」
「先輩、勘違いしそうですか?いいですよ、先輩なら笑って許しますから!」
反省の色がまったく見えない天音に苦笑いを浮かべていると、今度はちくちくとした如月の視線が俺に突き刺さる。
長いまつ毛の下に潜んだ双眸は、じっとりと俺の事を睨みつけていた。
「……私の時は躊躇したくせに」
「き、如月さん……?」
「二人は随分と仲が良いのね。少し、距離が近いんじゃないかしら?」
「すいません、つい癖で……距離感が近いってよく言われるんですよね。先輩、嫌でしたか……?」
「いや、俺は大丈夫だ」
「わーい!先輩やさし~」
両手で喜びを全力表現した天音が、喜びそのままに腕に抱き着いてくる。
それを見た如月も、空いている方の腕に抱き着いてきた。
「あの、二人とも……?」
「?先輩は距離が近くても大丈夫なんですよね?」
「四ノ宮さんが良くて、私が悪いなんてことは無いわよね?」
「う、うっす……」
美少女二人に挟まれたというのに、まったくいい気がしない。
謎の胃痛と二人の圧に悩まされながら昼休みをやり過ごしたのだった。
▼▽
「……如月」
「……何?」
「怒ってるか……?」
「怒ってる」
「いや、そうですよね……でも、やっぱそれは怒ってるってこt……って、え?」
「怒ってる」
いつもの駅のホームにて。大事なことだから、と言わんばかりに如月は二度言った。
つんとした態度の如月は、切れ長の目つきで俺を睨んでくる。
「……私の時はあんな風に接してくれないのに」
「……もしかして、嫉妬してる?」
如月の眉尻がぴくりと動いた。どうやら図星らしい。
「……ただ、距離が近くて親しそうな四ノ宮さんのことが少し羨ましかっただけよ」
予想に反して、可愛らしい本音が如月の口から出てくる。
如月とは途方もなく距離があると思っていたが、どうやら彼女にとっては些細な距離だったらしい。
「私とは、嫌なのかしら?」
つんとした態度で取り繕う如月に、俺は優しく語り掛ける。
「ううん、嫌じゃない。俺は、如月とは距離を感じてたんだ。俺みたいな凡人とは違って、才能もあって、容姿も整ってる。だから違う世界に生きてるんじゃないかって思ってたんだ。……でも、多分違ってたんだよな」
俺は如月の瞳を見つめた。サファイアのように輝く、美しい瞳を。
「如月だって俺と同じ人間だ。人並に悲しむし、人並に喜ぶ。そんなこと、俺が一番よく分かってたのに……見失ってた」
如月の手に自分の手をそっと重ねる。
普段の纏う空気とは対照的に、頼りなく感じる細くて小さい手。彼女は儚い存在なんだと、改めて感じさせられる。
「如月が良いっていうなら、こういうことしてもいいか?」
「っ……うん」
如月は静かに頷いた。初雪を想起させる真っ白な肌が、赤く染まる。
「赤いな」
「うるさい」
「照れてる?」
「照れてない!……もう、絶対逃がさないから」
如月が俺の手をぎゅっと握り返してくる。少し痛いくらいに、その手は俺を離さない。その強引さに、関係の安泰を感じて安心してしまう自分がいる。
しばらくして電車がホームに止まって、如月が乗り込む。
小さく手を振った如月に、俺は笑って手を振り返した。
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