第6話義理と借り

 駅から歩いて数分、住宅街にあるマンションの一室に帰った俺は玄関に俺のモノではないローファーを発見した。

 

 綺麗に並べられたそれが誰のモノなのか、容易に察しがつく。


 靴を揃えてリビングに上がると、ソファに座った金髪少女が俺を見てにこっと笑った。


「おかえりなさい、先輩」

「……天音、来るときは連絡してくれって言ったよな?」

「急な方がドキドキするかなと思って……もしかして、えっちな本とか転がってたりします?」

「今時そういうのは全部電子で解決できるんだ。お前が思うような本は落ちてないぞ」


 なぜかがっくしと肩を落とした天音の隣に腰を下ろす。こうやって彼女と話すのも、何度目だっただろうか。


「そんなぁ……じゃあ、スマホ見せてください」

「嫌だよ」

「0811」

「なんでパスワード知ってんだよ……」

「この前暗記しました。……いいじゃないですか。なんですし」


 程よいサイズの胸を当てながら腕に抱き着いてくる天音に、俺はため息交じりで言った。


、な」


 うちの家庭内事情は少々複雑だ。


 早くに母親を亡くしていた俺は長らく父親と祖父母に育てられていた。父は仕事につきっきりなことが多かったから、祖父母との時間の方が長かった。


 仕事一筋なイメージのあった父が再婚すると言ってきたときは衝撃と同時にショックだった。

 父の稼ぎのおかげで生活には苦しまなかったし、父が自分なりに俺の事を想ってくれていることを知っていた。そして、母さんのことが大好きだったことも。


 そして俺も母さんのことが大好きだった。だからこそ、中学生という多感な時期に新しい家族が増えるというのは受け入れ難い事実だった。


 天音は最初こそ塞ぎ込んでいたが、次第に打ち解けていった。再婚相手の音葉おとはさんも親切に接してくれている。


 だが、俺の心は依然として母さんを求めていた。欠けた家族同士が合わさったあの空間が、俺には耐えられないモノだった。


 だからこうして今はかつて父と過ごしていた部屋で一人暮らしをしている。天音がこうしてたまに来るのは、音葉さんの頼みもあるのだろう。


「堅い事言わないでくださいよ~お義兄ちゃん」

「本当の兄妹でもそんなことしないから。……今日、泊っていくのか?」

「はい!先輩と一晩過ごします」

「言い方よ……来るって知らなかったから何も用意してないぞ」

「大丈夫ですよ。私、先輩の顔が見たかっただけなので____」


 ぐうぅ~……


 沈黙を取り繕うように、天音が照れくさそうに笑った。


「……先輩、ごはん食べたいです」

「なんかあったかな……炒飯でいいか?」

「大歓迎です」


 冷蔵庫に残った食材でぱぱっと炒飯を作る。

 天音は嬉しそうに瞳を輝かせながら炒飯を食べ進める。


「ん~おいひ~」

「そりゃよかった」

「へんふぁい、おふぇんふぉうはふふふぁふぁいふぉに、じふぃふるんですふぇ?」

「食べ終わってから喋りなさい」

「先輩、お弁当は作らないのに自炊はしますよね」

「まぁ、安上がりだしな」

「たまには帰ってきてくださいよ。ママのご飯もおいしいですよ?」

「……考えとく」


 月に一回はあちらの家に帰るようにはしているが、長居することはない。それはきっと、未だにあの場所と俺の帰る場所として認めることができていない自分がいるせいなのだろう。


 炒飯を食べ終えた天音は、からんとスプーンをおいて対面に座る俺を見た。


「……ところで先輩、今日の昼の女の人って誰なんです?」


 昼にも感じた静かな圧を天音から感じた。俺の心を見透かすようにぱっちりとした瞳が俺の瞳を覗き込んでくる。


「如月燐火。……前に中学の時の話したの覚えてるか?」

「あー、先輩が助けたっていうあの……」


 天音は思い出すように呟く。そして、なにかを悟ったように湿っぽい視線で俺を睨みつけた。


「へぇ……それでか。先輩、女とか興味あったんですね」

「俺の事なんだと思ってるんだよ。俺だって彼女ぐらい欲しいさ」

「フラれたことは愚か、好きな人がいることも妹に話してくれないくせに……」

「義理の、な」


 不機嫌そうに口を尖らせた天音はふいっとそっぽを向いてしまう。

 妹らしく拗ねた様に、俺は相応の可愛らしさを感じていた。


「お義兄ちゃん、私怒ってます」

「……俺が星海のことを何も言わなかったから?」

「そうです。かわいい義妹という存在がありながら、他の女に目移りするなんて許せません。ぷんぷん」


 わざとらしく頬を膨らませた天音がじっと俺を睨みつけた。

 腕を組んで不服アピールをしているが、彼女の幼稚な可愛らしさが残ってしまっている。俺は思わずクスッと笑ってしまった。


「……なんですか」

「お前、怒っててもかわいいのな」

「ごまかさないでください!私は怒ってるんですよ!」

「ごめん、悪かったよ。今度そういうことがあったら言うからさ」

「絶対に、ですからね?」


 身を寄せて念押ししてきた天音に迫られて、俺は頷いた。それを見て天音は安心したようにほっと息を吐いた。


「先輩は女を見る目が無いですからね……」

「ぐ……返す言葉もございません……!」

「別に彼女を作ること自体は否定しません。でも、告白する前に一歩引いて冷静に考えてください」

「……彼女作るのはいいんだ。てっきり、お前のことだから文句の一つや二つでも言うのかと……」


 俺が目を丸くしていると、天音は今度は呆れたようにため息をついた。


「私の事なんだと思ってるんです?先輩の義妹ですよ?血の繋がっていない義理の関係とはいえ、簡単には断ち切れません。誰一人、親も、彼女すらも私の地位を揺るがすことはできません」


 説明口調で話す天音の表情が次第に緩んでいく。それは決して穏やかなモノじゃなくて、陰湿で、欲にまみれたじっとりとした表情。


 低く沈んだ声が俺の体を縛り付ける。義理の兄妹愛では片づけられない感情を向けられていることを、俺は知っている。 


 両手で頬を覆った天音がだらしない笑みを浮かべた。


「誰にも干渉できない私と先輩だけの関係……それって、すごく、すごく素敵じゃないですか。他の女は到底なることのできない、兄妹の愛……」

「義理の、だけどな。……彼女作っても、いびったりすんなよ」

「しませんよ~……でも、先輩に相応しくないってわかったら、十二分にいたぶってから叩き出します」

「おい」

「当然です。先輩は私のお義兄ちゃんです。家族を守ることに理由なんていりません」


 ごもっともな意見のため反論はできなかった。必要以上に噛みついてこないことを祈るばかりだ。

 

「まぁ、いいけどさ……この後、なにする?俺は暇だけど」

「なら一緒に映画見ましょう!その後一緒にお風呂に入ってそのままベッドインです!」

「魂胆が見え見えなんですけど……」


 この先の苦労を案じながら、天音とホラー映画を楽しむのだった。

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