第4話デートと上塗り
「日向くん、この後暇?」
HRが終わってすぐに如月が俺の席へとやってくる。
未だに昨日の出来事を処理しきれていない俺はとりあえず頷いた。
「なら、少し付き合って。日向くんと行きたいところがあるの」
「俺でよければ行くけど……」
如月はにこっと笑うと、俺の手を引いて教室を出る。
……昨日から妙に積極的になっているように感じるのは俺の気のせいなのだろうか。
如月とは今まで必要以上に関わることが無かった。
如月は陰に浸って生きる俺のような人間とは違う世界にいる人間だと思っていたし、平凡な自分と才色兼備な彼女を勝手に比べて遠ざけていた。
だからこそ、どう頑張っても平凡な俺のことを如月が好きだなんて、信じられなかった。
二人で揃って学園を出ると、そのままいつもの駅へと向かう。
如月の案内で辿り着いたのは、駅の構内にあるカフェだった。
「いらっしゃいませ。二名様ですね、お席の方ご案内いたします」
店員の案内で席に座る。平然とした如月とは対照的に、俺の心はどうも落ち着かなかった。
「懐かしいなここ。前に二人で来たっけ」
「あら、覚えてたのね」
「流石に美少女との思い出は忘れないさ」
「っ、そう……」
中学時代、一度だけここに如月と来たことがあった。
上級生からのいじめに遭っていた如月を見捨てることができなかった俺は先輩との揉め事を起こし、殴り合いの喧嘩にまで発展した。
教師からの取り調べと説教を受けたのちに、二人でここに来たのを覚えている。
あの時は大変だったけれど、騒ぎを起こしたことでいじめを見過ごしていた教師も無視することができずに解決に至った。あれが最良の選択だったのだ。
「あの時は大変だったな……あざだらけでここにきて、無事なお前を見てようやく安心できたっけ」
「懐かしいわね。……あの時日向くんが助けてくれなかったら、きっと今の私はいない。改めて感謝を言わせて、ありがとう」
「今更やめろよ。感謝ならあの時散々受けた」
あの時はお礼としてここのケーキを奢ってもらったっけ。それでも如月は納得してなかったけど、俺にとってはそれだけで十分だった。
俺はあの時と同じくチーズケーキのセットを注文。霜月はチョコケーキのセットを注文した。
ケーキが来るまでの間、なんの話をしようかと悩む暇もなく如月が口を開く。
「ところで、星海さん____だったかしら?どうやって知り合ったの?」
「……何、もしかして俺の失恋掘り返すつもり?」
「いいから教えて。あの女とどうやって知り合ったのか」
如月の麗美な瞳に気圧されて俺は星海との一連の流れを話した。
如月は俺の失恋話を聞くと、次第にその表情を曇らせていった。……人の失恋話なんて、聞いても心地の良い物ではないだろう。
「____というのが一昨日の出来事」
「ふーん……二人で映画館ねぇ……」
如月のジトっとした視線は俺の顎の辺りをなぞる。不機嫌そうに鼻を鳴らした如月は、何かに対して怒りを見せているようだった。なんで怒ってるんだこの人……
「お待たせ致しました、ご注文のケーキセットになります」
運ばれてきたケーキを口に運びながら、如月の様子を伺う。
「……星海さんとも、こういうところに来たりしたの?」
如月は俺の口元を見てうわごとのように呟いた。きのせいか、いつもより声色が低い。
俺は言葉に詰まりながらも頷く。
「へぇ……私とは遊ばないのに」
「如月とは別にそういう仲じゃなかっただろ……休日にわざわざ呼びだすのもなんか気が引けるし」
「それは……」と言いかけたところで言葉を詰まらせた如月は続ける言葉が思いつかなかったのか、せめてもの抵抗で俺をジトっとした瞳で睨んだ。
「……悪かったって。その、気づかなくて」
「……はい、あーん」
如月は俺を脅すように小さく切ったチョコケーキを差し出して来る。俺は意を決して受け入れた。
少しビターなチョコクリームが味わい深い印象を口の中に残していく。
「おいしい?」
「……おいしい」
「私もそっちの食べたい。あー」
俺は言われるがままに如月の口に小さく切ったチーズケーキを運んだ。
「んふふ、おいしい」
如月が小さく笑う。普段冷徹な表情を貫く彼女の乙女らしい表情に、俺の胸はきゅんと跳ねた。
「……それはなにりより」
「少しは忘れられそう?あの女のこと」
如月のサファイアのような双眸が俺の瞳を覗き込む。まさか、如月は俺が落ち込んでいたのを察して……?
「……もしかして、励ましてくれてるのか?」
「えぇ。日向くんには助けてもらったもの。貴方が困っているなら、私も助けてあげたい」
「そっか。……ありがとな。わざわざあんな手紙まで」
「……え?」
「昨日のアレも俺を励まそうとしてくれてたんだろ?ありがとうな」
心からの感謝を伝えると、如月の表情が急激に曇った。
「……朴念仁」
「えっ、俺なんか悪い事言ったか……?」
「絶対に堕とす……」
結局如月の不機嫌の理由が分からず、俺はケーキを一つ追加で奢らされることになった。
▼▽
「日向くん、スマホ貸して」
帰りの駅のホームにて、如月に言われた俺はスマホを差し出す。如月は何やら画面を操作した後に、スマホを返してきた。
画面には『rinka』と書かれたユーザー名が映し出されている。
「これって……」
「それ、私の連絡先。なにかあったら連絡して。私もそうするから」
ふっと表情を緩めた如月は、やってきた電車に乗り込んで消えていく。
今日の彼女の背中は、どこか喜々としているように見えた。
不意に如月が振り向く。ニヤッと笑った如月が口をパクパクとさせて、
『に が さ な い』
そう言ったように見えた。
電車は轟音と振動と共に如月を乗せて去って行く。俺は手元に残ったスマホに視線を落とした。
これが如月の連絡先……学園中の男子が欲しがっている、マドンナの連絡先を俺が……?
浅ましいとは分かっていながらも、俺は優越感に浸りながら電車を待つのだった。
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