クマたちとの交遊

ようすけ

第1話



 この話は誰にも聞かれたくはない。ある日、わたしは血気盛んに熊と格闘をしていた。

 熊が喧嘩好きなのは知られている話ではあるのだが、それと同時に臆病でもあったから、熊はわたしに劣勢だと感じ取ると、里からナイフを盗んできて、武器を持って闘おうとしたのだ。なんとしてでも喧嘩に勝とうとするその態度には感服せずにはいられない何かを感じはしたが、それはあまりにも卑怯ではないか。

「よお、クマ!」とわたしは背筋を伸ばして威嚇した。「それは卑怯だぞ!」

 熊はもちろん、日本語を喋れはしなかったが、わたしの方が熊語を喋って正々堂々と戦うように促すのだった。

 わたしに威嚇された熊がこう答える。

「だって勝てないんだもん」

「そりゃあ、お前とは違って鍛えているからな。お前も悔しかったら鍛えればいいじゃないか」

「お前が鍛えているのは暇だからだろう、こっちには育てなければいけない子どもが三匹もいるんだぞ」

「そりゃあクマったもんだな」とわたしは笑った。

 結局の所、熊はナイフを捨て、正々堂々と戦うことを選択したのだったが、それこそがわたしの放った罠だった。熊が捨てたナイフを拾い、そうして改めて熊と対峙するのだった。もちろん「卑怯だぞ、この野郎」などと詰られはしたが、これから死ぬのは熊に違いなかったから、死ねば真実は闇に葬られるのだ。

 熊の右ストレートを間一髪で避けたわたしは、その右目にナイフを突き立てた。

 体重三百はありそうなオスの羆が地面でのたうち回っている。

「育てなければいけない子どもが三匹もいるのに、喧嘩なんかするからだぞ」

「うおおお」と熊が吠える。

 その時だった。茂みの奥から、その熊の子どもと思えるような子熊が三匹も登場したのだ。これではとてもやりにくかった。熊語を喋ることのできるわたしでも、まだ知能が未発達の子熊を相手にすると上手にコミュニケーションを取ることが出来ないし、この状況を正当化するには、わたしはすでに武器を使ってしまっていた。

「見られたらもう殺すしかないな」とわたしは言った。

「頼むから、子どもには手を出さないでくれ」

「だったら子どもたちに今見たのは幻だって言ってやれよ」

「そういえば子どもたちには危害は加えないのか?」

「お前の子どもたちが利口で、今何をすべきなのかが分かっていたらの話だけどな」

「分かった、説得する。説得するから!」

 わたしは待っていた。ナイフを右目に刺された熊は、こそこそと子熊たちに状況を説明する。それから聞えよがしに言った。

「じゃあな、父ちゃんはこれからあいつに殺されるけれども、お前たちは強く生きなきゃあ駄目なんだぞ。父ちゃんは自分よりも強い相手に喧嘩を売ってしまったからこうなっているけれども、お前たちは道を間違えないようにな」

「父ちゃん!」

「やだよ、父ちゃん!」

「父ちゃんったら!」

 お別れが済んだようだったので、わたしは熊に止めを刺そうとした。

 するとまた登場する。今度は子どもたちの母親だった。

 茂みの中から熊語もすら通じないような恐ろしい形相で登場し、首を左右に振りながら鼻息を出している。

「なあ……」とわたしは父熊をなだめた。「あいつに怒りを鎮めるように言えよ」

「馬鹿な、おれたちはもう別れたんだ」

「そんなのは知らねえけれども、見ろよ。怒っているじゃないか」

「あの気性の粗さがうまくいかなかった理由だよ」

「聞いてねえんだ、そんなのはさ」

「分かった、分かったから」

 父熊が母熊の所へと行き、それからこそこそと話始めた。

 最初から、わたしはこのこそこそ話が気に入らなかったが、問い詰めた所で真実はきっと教えてくれないだろうから黙っていた。だがもう我慢の限界だ。

「何をこそこそやっているんだ、このクマ野郎が」

「待って、待ってちょうだい!」と母熊がわたしを止める。

「待つけどよお」

 母熊と父熊との会談が終わり、父熊がわたしに殺される為に進み出た。

 わたしの目の前でゴロンと寝転がり、腹を見せて美味しい部分はここだぞとばかりに無防備になる。

 わたしはその部分へと、怒りの拳を突き立てた。

 それから母熊、子熊へと告げた。

「このことを他言にしたら承知しねえからな!」


 これで大体のことは話終えたが、また続きがあるのだ。

 通常、熊の成長は早くて、一年か二年もするともう戦えるようになる。わたしが熊たちの生息地である東北の山の中で修行をしていたある日、あの時の子熊が現れた。

「喉元を過ぎれば熱さを忘れるとはこのことか?」とわたしは激怒する。

「違うんだ、公明さん」と随分と上達した熊語で弁解された。

「何が違うってんだ。お前も父親みたいにされたいのか?」

「あの時のナイフを返しにきたんです。公明さんったらナイフも抜かないでそのままいなくなってしまったから」

「おれはすでに仕留めた獲物には用がないんだ」

「いつもは何を食べているんですか?」

 子熊はわたしに興味津々の様子だった。というのも仕方が無い。東北の山の中には昔ながらマタギが何人もいて、彼らは鉄砲で仕留めた熊の毛皮を剥いだり、手首を切り落として土産屋に売り払っていたりするのだった。仕留めた熊を鍋に突っ込む熊鍋も盛んに食べられている。一方のわたしは、自分が倒した相手は汚れていると考え、自分よりも弱い者の肉は絶対に食べなかった。わたしが居城にしている木陰には、わたしが見つけて食べたドングリの殻がたくさん落ちている。

 子熊に食べているものを聞かれたわたしは、地面に落ちているドングリの殻をぼおっと見つめた。子熊もそれに習って、ぼうっとそれを見つめる。

「母さんが実は殺されてしまいまして……」

「マタギにか?」

「ええ」と子熊が言うと、わたしたちの雰囲気に脅威がないと感じた、別の二匹も木陰から出てきて「何をいつもは食べているんですか」と聞くのだった。

 わたしたちはぼおっと地面に落ちているドングリの殻を見た。

 



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クマたちとの交遊 ようすけ @taiyou0209

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