拝啓、勇者様へ

猫本いづる

待ち人来たらず

「俺は勇者ロバート!前世の約束を果たしに来た!」


その日は何の変哲もない休日のはずであった。

昼食を終えてぼんやりと過ごしていた昼下がり。ふいにチャイムの音がして玄関の扉を開けると、目の前には男がタキシードを着て花束を差し出す光景があったのだ。もちろん、新崎來未にとってはまったく知らない男である。

彼女は驚き、目をぱちくりとさせて目の前の人物を見る。目の前の人も返答がないことに気がついたのだろう。視線をあげて來未のことを見てきた。沈黙が辺りを包む。空気に耐えられずに先に口を開いたのは來未の方だった。


「えっと、あの……どちら様ですか?」


いつでも扉を閉められるようにだろう。彼女は取っ手に手をかけたまま、訝しむような声で男に問いかける。その声色に男もようやく自分が不審人物だと思われていることに気がついたのだろう。彼はさっと顔を青ざめさせると、慌てたように立ち上がって声を張り上げた。


「いや、あの!ち、違くて……こ、ここにま、マリアの生まれ変わりがいるって聞いて!か彼女に会いたくて、け、けしてあやしいものでは!」


わたわたという擬音が聞こえそうなほど大げさに手を振り、男は信頼を得ようと言葉を積み重ねていく。しかしその言の葉は普通の人が聞けばどこまでも怪しい内容でしかなかった。それを男もわかっているのだろう。言葉を発するごとに焦りが増しているようで、その顔色は青を通り越し紙のように白くなっている。

そんな彼に気がついているのかいないのか、來未はじっと男を眺めていた。そうして男の言葉を聞き、咀嚼した後にようやく口を開いた。


「……もしかして、テルーマルの大地から来た勇者様?」


「っ!そう!俺はテルーマルという世界から来たんだ!聖女マリアと、仲間ともに魔王を倒す旅に出て──」


「旅の果てで魔王と相打ちになり、そこでマリアと来世で結ばれる約束をした……であってますよね」


來未の言葉に男はまるで赤べこのように首を何度も振り、肯定の意を示す。その様子にようやく來未も安堵したようで、彼女は扉から手を離すと男に対して頭を深々と下げた。


「疑ってごめんなさい……マリアに、お姉ちゃんに会いに来たんですね」


來未からの謝罪の言葉。それに疑惑が解けたと気がついたのだろう、男は安堵したかのように大きな息を吐いた。そうして少女の言葉にうなずいて言葉を返す。


「ああ、そうなんだ……彼女は今どこに?」


「……こっちです。付いてきてください」


男の疑問に対し、來未は行動で答えるようだ。彼女は玄関から男を招き入れると、古い廊下を通り抜けてとある場所へと先導する。ぎしぎしと音を立てる床は不気味だったが、住み慣れている來未はもちろんのこと、マリアに会えるとはしゃぐ男も気には止めなかった。

やがて案内されたそこは、家の奥まった場所にあるせいか空気が重苦しく感じられる。先程までの元気はどこにいったのか、男は雰囲気に少しだけ気圧されて足を止める。

ごくり、と唾を飲み込む音が妙に大きく聞こえた。


「ここです……ここに、姉はいます」


男の緊張を知らずか、それとも見て見ぬふりなのか。來未は扉の横にたち、戸惑う男に扉を開けるように催促した。


「え、でもノックとかは……」


「いいんです。開けちゃってください」


さすがの男もその言葉に一瞬戸惑ったが、前世から恋い焦がれてきた人物に会えると言うことに耐えられなかったのだろう。彼は扉に手を掛け、力を込める。


「マリア、俺だよ!ロバートだよ!」


ぎぃ、男の声と共に扉がゆっくりと開く。





     

    

                                                    









そこには待ち人は居らず、ただ立派な仏壇とそこに飾られた若い女性の遺影があるだけだった。

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