静謐

五五五 五(ごごもり いつつ)

静謐

 静謐せいひつが孤独を運んでくる。


 母がいなくなって、この家から消えたものはいくつもあるが、そのひとつが音だ。


 声や息づかい、奏でられるピアノの音色はもちろんだが、それ以外にもこの家には無数の音が溢れていた。


 たとえば食事の支度をする音や、洗濯機を回す音、ベランダの物干し竿が揺れる乾いた音もそうだ。


 午前中は掃除機を動かす音や、拭き掃除の音が必ずして、晴れた日には欠かさず箒で庭を掃く音がしていた。


 園芸が趣味だった母は、ときおり庭に水をまき、花の世話のために植木鉢を動かすので、その音が聞こえてくるのも毎日のことだ。


 窓やドアの開け閉めや、階段が軋む音だって、自分たちのそれとは違う音が鳴っていた気がする。


 ひとつひとつはただの物音で、雑音と言って差し支えないものだけど、いつだってその雑音に大きな安心感をもらっていたのだ。


 だから僕は今、たまらなくその雑音が恋しい。


 静けさを感じる度にもう一度、ただもう一度と願わずにはいられない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

静謐 五五五 五(ごごもり いつつ) @hikariba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画