第12話 兄妹デート
「兄さん見て! わんちゃんがたくさん!」
「ホントだ、可愛いな」
作戦を終えた週末――俺は約束通り凛と共に誕生日プレゼントを買いに、近所のショッピングモールへとやって来ていた。
入り口からほど近いペットショップからこちらをつぶらな瞳で見つめていた仔犬たちに引き寄せられるように進行方向を変えた凛。
俺の最愛の妹は、ガラスケースに張り付いて極上の笑顔を送っている。
「兄さんはどの子が好き?」
「うーん、やっぱ凛かな……」
「もぉ、またそんなこと言って……杏芽莉ちゃんが悲しむわよ!?」
「だって犬って家族だろ? 恋人とはまた違うよ」
「それもそうなのかしら……? あ、でもそれって兄さんには私が犬に見えてるってこと!?」
眉間に皺を寄せた顰めっ面の凛も、愛おしくて堪らない。
俺はこの素晴らしき妹の純情を守り切ることができた達成感をようやく実感していた。
「そんな訳ないだろ。お前は俺にとって、世界で一番可愛い妹だよ」
「またそんな恥ずかしいこと……せめて外ではやめてよね?」
「じゃあ家では褒め倒していいのか?」
「程度と場所をわきまえてって言っているの! 私たちは、兄妹なんだから……」
どこか憂いを含んだような面持ちの凛――慌てた俺は咄嗟に話題を変えた。
「そ、それで今日は何が欲しいんだ!? 凛の為にコツコツ貯めたお年玉貯金を全額おろしてきたから大船に乗ったつもりでなんでも言ってくれていいぞ!?」
俺の問いに、凛はポッと頬を赤らめる。
「私……兄さんとお揃いの物が欲しい……」
「なっ……!? そ、そんなご褒美、本当にいいのかっ……!?」
「フフ……何よご褒美って……」
そう言って笑う凛は、いつもとなんら変わらぬ妹の姿へと戻っていた。
適当に入った雑貨店を、目的もなく練り歩く。なんだかデートみたいで、この時ばかりは凛が妹だと忘れてしまいそうだ。
「お揃いって言っても難しいよな。この年でペアルックって訳にもいかないし」
「あら、私はペアルックでもいいけど……?」
「ほ、本当かっ……!?」
「冗談に決まっているじゃない、バカ兄さん」
妹にまんまと揶揄われた俺は、不覚にも三輪さんの気持ちが少しだけ理解出来てしまった。
この妹になら、いくら貶されたってご褒美にしか思えない。今度からは三輪さんにももう少しだけ優しく接することにしよう。
「凛、お前もしかして怒ってるか?」
「……? 私が何に怒るの?」
不思議そうに尋ね返す彼女のポカンとした表情に、俺の見当違いだったとすぐに理解した。
「分かんないけど、だっていつもはそんな冗談言ったりしないだろ?」
「私だってたまには冗談くらい言うわよ……」
目も合わず、素っ気ない返事。やっぱり今日はちょっと機嫌が悪くないか?
「そ、それなら別にいいんだけど……」
その後すぐ、俺の少し前を歩いていた凛が、「あ……」と言って立ち止まる。そして棚に並んでいた商品を手に取って俺に向けた。
「これなんてどうかしら? この色違いのマグカップ、とっても可愛いと思わない?」
それは、赤と青のこれといって特徴のないシンプルなデザインのものだった。
「ええ〜、マグカップなんてありきたりじゃないか? しかも安いし。せっかくの機会だからペアリングなんてどうだ?」
「兄さんふざけないで……それは杏芽莉さんに買ってあげるべきものでしょ……?」
プルプルと肩を小刻みに震わせながら拳を握って怒りを露わにする妹。
「ご、ごめっ、さっきのお前の冗談のお返しだからっ……そんなマジで怒るなよ……」
――結局、凛の提案したマグカップを購入して店を出た。
時刻は昼前――休日ということもあり飲食店のフロアは非常に混み合っていた。
「あちゃ〜、こりゃどこも並びそうだな……」
「たまには待つのもいいじゃない。お話ししていたらきっとすぐよ?」
「それ、そんなに俺と話したいってこと?」
「また……本当に懲りないわね……」
照れているのか呆れているのか、すぐに顔を逸らされてしまって分からなかった。
「じゃあ並ぶか。何が食べたい?」
「兄さんは……?」
「今日は凛が主役なんだから俺に聞いてどうすんだよ」
「じゃあ、せーので同時に言ってみない?」
「まぁいいけど」
「じゃあいくわよ? せーの――」
「「ハンバーグ」!」
「お、揃った……」
「フフ……やっぱり、兄さんならそう言うと思った」
「なんだよ、もしかして俺に合わせてくれたのか?」
「ううん、私もちょうど食べたくなったの」
「それならいいけど、後で文句言うのはナシだからな?」
店を決めて列に並ぶと、タイミングが良かったのかそれほど待たずに入店できた。
凛と2人だけで食事をするのは久しぶりだったのもあり、いつもより会話も弾んだ気がする。
食事を終えてひと息ついていると、凛は水の入ったグラスを両手で掴みながら尋ねた。
「兄さん、ひとつ聞いてもいい?」
「なんだよ改まって」
「杏芽莉さんの、どこに惹かれたの?」
「また直球だな……」
「だって気になるんだもの。前はあれほど誰にも興味を示さなかった兄さんがいきなり恋人だなんて」
困った俺は当たり障りのない内容で返す。
「強いて言うなら……気を遣わないところかな」
「へえ……」
「なんだよそのおちょくったような顔は」
「だって兄さん、すごく嬉しそうだから」
「まぁいくら杏芽莉と言えど、俺の凛には全然敵わないけどな!」
――いつものノリのつもりだった。
「ねぇ兄さん……?」
「ん?」
「そこまで言うなら、私と付き合う……?」
「は……?」
知らぬ間に世界線を移動したか、はたまた俺はまた違う世界へ転生したのかと思うような提案に耳を疑う。
「なんて顔してるの? これも冗談に決まっているじゃない」
なんだ……また揶揄われただけか。そうだと分かった今でも心臓の鼓動が早いままだ。
「ハ、ハハ……そうだよな」
――俺は今、うまく笑えているだろうか。
「そうよ。また騙されちゃって、バカ兄さん」
この時の凛の表情を、俺はしばらく忘れることができなかった。
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あとがき
ここまでのご愛読ありがとうございます!
第1章はここまでとなり、次章からは碧に更なる試練が降りかかります。ヒロインたちの活躍と可愛さを存分にお楽しみ下さい。
ここまで読んでみてのご感想や、皆さまの好きなヒロインなどを宜しければお気軽にコメント頂けますと大変励みになります。
本作はカクヨムコン11参加作品となっております。続きが気になると思って頂けましたら小説フォロー、☆評価など何卒お願いします!
野谷 海
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