第11話 強行突破




 ――俺は無我夢中で走っていた。


 途中、耳からイヤホンを落としていたことにも気が付かず、跳ねるように五月蝿い心臓の音に正気を支配される。


 保健室へ辿り着くと、扉の向こうの光景を想像してしまい物怖じして手が止まった。


 一呼吸置いて、俺は思い切って扉を開く。


「凛っ……!!」


「えっ……兄さん!?」


 そこには――ベッドの上に腰掛ける五光と、その前でしゃがみ込んでいる凛の姿。


「お前ら……ここで一体何を……!?」


「な、何って、五光君が階段で転んじゃって肘を擦りむいたから治療をしていたの」


 凛の言葉を受けて五光をよく見ると、彼の肘からは確かに流血が見られた。


「そ、それだけか……? お前ら、体育倉庫の整理に向かったんじゃ……!?」


「え? そんなの頼まれていないわよ? 私は五光君が怪我した所に偶然居合わせただけで……」


 おかしい……まさか、俺が色々と小細工に動いていたことでバタフライエフェクト的に未来が少しずつ変わってしまったのだろうか。

 

「そ、そうだったのか。悪いな邪魔して……」



 するとそこへ、息を切らした様子の杏芽莉が飛び込んでくる。


「一兄、見てっ!!」


 保健室に入るや否やそう叫んだ杏芽莉はピョンと兎のように高く跳躍すると、俺の身体にしがみつくように抱き付いてきた。


「ちょっ――杏芽莉っ!?」


 すかさず杏芽莉は目をギュッと瞑り、俺の唇に自らの唇をブチュウと強く押し付けたのだ。


 ――柔らかく、ほのかに温かい感触が俺の脳を焼く。


「なっ……!?!?!?」

「えっ……!?!?!?」


 それを見た五光と凛の顔は驚愕の色に染まっていた。


 無論、当事者である俺もまさかの事態にパニック寸前だった。


 真っ赤に染まった顔で唇を離した杏芽莉は、すぐさま実の兄へ視線をやり声を大にする。


「一兄、見たでしょ!? あたしにだって彼氏くらいいるし、もう昔みたいに子供じゃないから! だからあたしに隠し事なんてしないで! あたしたち兄妹でしょ!?」


「あ、杏芽莉……」

「兄さんっ……!?」


 2人の驚いた反応を見て、冷静になった杏芽莉はやっと状況を理解する。


「あれ……2人はここで何してたの……?」


 杏芽莉の問いに、五光は戸惑いつつも答えた。


「花霞さんに怪我の治療をして貰っていたんだ。でも驚いたよ。僕の知らないところで杏芽莉にまさか恋人ができていて……しかもその相手が花霞先輩だなんて」


「えっとね、これは……」


 五光は覚悟を決めたように深い息を漏らした。


「花霞さん、こうなったらもう正直に話してもいいよね?」


 五光の問いかけに、凛は俯いたまま答える。

 

「そ、そうね……私たちの思い過ごしだったみたい……」


「花霞先輩、杏芽莉、すみませんでした。僕たちは、とある目的の為にカップルのフリをしていただけなんです。今まで騙していて本当に申し訳ありません……」


「兄さん……杏芽莉さん、私からも嘘をついていて本当にごめんなさい……」


 深く頭を下げた2人の告白に、俺と杏芽莉は互いに顔を見合わせる。


 ――こうして俺たちの目的は、なし崩し的に果たされることとなるのだった。


 五光は治療を終えると、重苦しい表情を浮かべて俺に近付いてきた。


 今ではすっかり状況が逆転し、もしかすると殴られてしまうのではと恐怖するが、その心配は杞憂に終わる。


 おもむろに俺の手を両手で握った五光。


「花霞先輩……いやお兄さん、どうか杏芽莉を、僕の大切な妹をこれからもどうかよろしくお願いします……」


 真っ直ぐに向けられた視線が痛い。


「は、はい……大切にします……」


「杏芽莉、幸せにしてもらうんだよ?」


 俺の手を握ったまま妹に顔を向けた五光は、とても穏やかな表情をしていた。


「う、うん。ありがと一兄……」


 その一部始終を黙って見ていた凛は、俺の目にはどこか寂しそうに映った。


 

 その後、保健室の入口付近で気を失って倒れていた九重さんを回収した俺たちは屋上で今回の作戦の反省会を始めた。


「碧兄……無理やりチュウしてごめん……」


 沈んだ面持ちで言葉を絞り出す杏芽莉。


「いや、それは……俺が慌て過ぎて連絡とらなかったのが原因だしな……」


「嫌じゃなかった……?」


「そんな訳ないだろ。少し驚いただけだ」


「そっか……ならいいけど……」


「お前こそ、初めての相手が俺でよかったのかよ」


「うん、碧兄なら……いいよ」


「そうか……それにしてもまさか九重さんが血が苦手だとは驚いたな。殺し屋なのに……」


 俺が笑いを堪えながらそう言うと、九重さんは取り乱しながら返す。


「ちっ、違う……! あれはいきなりだったからちょっと驚いただけ! いつもは血の雨を浴びてる。そ、それ以上わたしを愚弄したらあなたを血祭りにする……!」


 珍しく感情を露わにする彼女を、揶揄わずにはいられない。


「分かったって。九重さん、顔真っ赤だぞ?」


「むっ……杏芽莉助けて……碧がイジワルする……」


 杏芽莉の後ろへ隠れるように身を潜め、初めて九重さんが俺の名を呼んだことに驚いた。やっぱり彼女も普通の女の子なんだな。


「ちょっと碧兄、くぅちゃんをイジメちゃダメでしょ!?」


「悪かったって。まぁ何はともあれ作戦は成功した訳だし、報酬のアイスを買いに行くか!」


「あ、アイス……!! わ、わたしをコンビニに連れていくことを希望する!」


 九重さんは一瞬にして表情を華やかせた。


「あ、そっか。くぅちゃんは1人だと自動ドアが開かないからコンビニに入るのもひと苦労だもんね!」


「なるほど……じゃあ早速行こうか。今日は俺の奢りだから、2人とも1本と言わずなんでも好きなもの買っていいぞ?」


「やったぁ!」

「碧、太っ腹」


 ――コンビニで散財した俺は、ふと気付く。


 この作戦を通じて、2人の友人に恵まれていたことに。


 杏芽莉に関しては俺を兄と呼ぶ妹で、同時に秘密を共有する友でもあり、そして今日からは偽の恋人でもある。


 更にもう1人は自称殺し屋と設定がモリモリ過ぎて何が本当か分からなくなるけれど、俺はお菓子を無邪気に頬張る彼女たちの笑顔に心からの安心感を覚えていた。




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ここまでのご愛読ありがとうございます!


本作はカクヨムコン11参加作品となっております。続きが気になると思って頂けましたら小説フォロー、☆評価など何卒お願いします!


 

 

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