第9話 作戦開始




『こちらNo.9ナンバーナイン、配置についた』


『こちらNo.5ナンバーファイブ、こっちも準備オッケー!』


「九重さん……どうしてもその呼び方しなきゃダメか? 普通に名前でいいんじゃ……?」


『違う、九重じゃなくてNo.9。万が一この回線が傍受されていた場合、敵に少しでも情報を渡す訳にはいかない』


「敵って誰ですか……」

 

『碧兄……じゃなかったNo.87ナンバーエイティセブン、もういい加減諦めなって。くぅちゃんは一度言いだしたら聞かないから』


「杏芽莉もなんでそんなに乗り気なんだ……」


『違う、杏芽莉じゃなくてNo.5』


 作戦決行当日の昼休みに集合した俺たち3人は、各々が散り散りになり少し離れた場所からグループ通話のテストを行っていた。


「分かったって……でも通話に問題はなさそうだな。一旦切って屋上で集まろう」


『『了解』〜!』

 


 屋上に全員が集合すると、杏芽莉が作戦に対する意見を述べた。


「てかさ、どうせだったら今の内から2人をメールとかで呼び出しといた方が確実じゃない?」


「いつでもいいような内容なら委員会の仕事を優先されちまうかもしれない。あくまで急を要する呼び出しじゃないと意味がないんだ」


「そっか……」


「じゃあ決行は放課後の15時半。各自最後の授業が終わり次第通話を繋いで逐一連絡を取り合って現状を把握し合おう」


 最終確認を終えると皆が同時に押し黙ってしまい、しばらく無言の時間が流れた。


「……え、円陣とか組んじゃう?」


 無理して場を和ませようとする杏芽莉。


「部活の大会じゃねーんだから……」


「でも気合い入るかも……」


「そうかもな……」


 ――この時の俺は内心冷や冷やで、心此処に在らずといった状態だった。


 いくら入念な準備をしたと言っても、たかだか1人の人間に運命を変える力などあるのだろうか。


 どうやらそんな負の感情が外へ漏れ出していたらしく、不安げな表情を浮かべる杏芽莉が言う。


「碧兄、もしかして緊張してる……?」


「ま、まぁな……」


 微かに笑みを浮かべて身を寄せ、俺の手の上に自らの小さな両手を優しく置いた杏芽莉。


「大丈夫だよ? あたしも、くぅちゃんだってついてるから……」


 俺の目をジッと見つめてそう励ましてくれた杏芽莉の手は、冷え切っていた。

 

「過度な緊張は精神を乱す。掌に『人』という文字を書いて呑み込むと良いと古くから文献に記されている。手が震えるならわたしが書いてあげてもいい」


 九重さんにしては珍しく口数が多い気がする。


 まったく、2つも歳下の後輩達に励まされてちゃ世話ないよな。ましてや俺は人生2周目。もっとしっかりしなくては。


「ありがとう2人とも……もう大丈夫だ」


「ねぇ、せっかくだからあたしたちのチーム名とか決めない?」


 杏芽莉の提案に、九重さんは頭頂部からアホ毛をピンと立てて反応する。


「賛成、統一感が生まれて士気が上がる」


「そうだなぁ……なら俺らの呼び名からとって『ナンバーズ』なんてどうだ? ちょっと子供っぽくてありきたりだけど」


「なんかそれカッコいい!」

「悪くない、あなたにしては上出来」


 こうしてチーム名も決まり、杏芽莉は再三の提案をする。


「ねぇ、やっぱり円陣組もうよ! 前からそーゆうのやってみたかったんだよね」


「そうするか!」

「わたしも構わない」

 

 立ち上がった俺たちは円になるようにして肩を組んだ。


 2人の身長が思っていたよりも小さくて、俺は膝をガクッと曲げた体勢になってしまう。


「……掛け声は杏芽莉に任せる。ここまで俺を信じてついてきてくれてありがとう」


「え……わかった。じゃあ、いくよ……? 絶対成功させるぞー! ナンバーズ、ファイ――」


 円の中心目掛けて、3人が一斉に片足を踏み出す。


「オォー!」

「オー!」

「おー!」


 この瞬間、前世で入部していた部活動が頭をよぎった。


 もう一度その場に腰を下ろすと、杏芽莉は頬を赤らめて恥じらいながら言う。

 

「あたしさ……今回の作戦を絶対成功させたいって思ってるけど、ちょっとだけ……スパイごっこみたいでワクワクしてるんだよね」


「杏芽莉、ごっこじゃない。これはれっきとした任務」


「そうだね。No.5として頑張る!」


 この時には既に、俺は杏芽莉と九重さんのやりとりが微笑ましく思えるようになっていた。


「いつか……これがいい思い出だったって笑い合える日がきたらいいよな……」


 ふと感傷にふけると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。



 あっという間に午後の授業が過ぎ去ると、俺たちナンバーズの大仕事が始まる。


 グループ通話を繋いですぐ、杏芽莉から焦りを孕んだ声が耳元に響く。


『ど、どうしよう碧兄……一兄が全然電話に出てくんないよぉ……!!』


 ――開始早々、問題発生だった。


「マジかよ……俺も凛にかけてみる」


 一旦グループ通話を離れ凛に電話をかけるも、こちらも繋がらなかった。


「クソっ、こっちもだ……九重さん、そっちの様子は!?」


『こちらNo.9、2人は既に教室にはいない』


『どうする碧兄……!?』


「とりあえずNo.9は校内で2人の捜索、杏芽莉はその場所で待機して四條さんがやってくるかどうか見張っててくれ!」


『了解』

『分かった。碧兄は?』


「俺は現場の体育倉庫へ向かってみる!」

 




 

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