第8話 殺し屋(※自称)女子高生
「ってことはぁ……」
そう言ってテーブルの下を覗き込む杏芽莉。
「あ、やっぱりここにいたぁ!」
「流石は杏芽莉、わたしの隠密スキルが通用しないのは世界中どこを探してもあなただけ」
机の下から無機質な声が聞こえたかと思うと、何者かがひょっこりと顔を出す。
ラムネ瓶のように透き通った薄い水色のショートカットの無表情な少女。身に纏っている制服から同じ高校の生徒だと分かる。
「碧兄、紹介するね。あたしの友達のくぅちゃんだよ? ホラ、嘘じゃなかったでしょ?」
くぅちゃんと呼ばれる杏芽莉と似た体格のその少女は、死んだ魚のような覇気の感じられない瞳を俺に向けた。
「
「は……?」
唖然とする俺に、杏芽莉が補足で説明する。
「えっとね、くぅちゃんは自動ドアが開かないくらい影が薄くてほとんど誰にも認知されないんだけど、なんでかあたしにはすぐに見つけられるんだよね。そんな感じで友達になったの」
「いやそこじゃなくて……殺し屋って……」
「あ、それはくぅちゃんの中での設定」
九重さんはキッと杏芽莉を睨んだ。
「杏芽莉、設定じゃない。わたしは裏世界の住人」
「うんうん、ちゃんと碧兄を殺せた?」
「簡単な仕事だった。1度目は遠方からの狙撃、2度目はテーブルの下に設置した爆薬での爆殺。3度目は近接で首を刎ねた」
「すご〜い、くぅちゃんかっこいい!」
「ふ、このくらい当然」
表情は動かさずに口角だけを微かに吊り上げ得意げな九重さん。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……聞きたいことは山ほどあるけど、とりあえず、なんで杏芽莉の友達がここに!?」
「作戦を手伝って貰おうと思って呼んだの。くぅちゃんの能力は絶対役に立つよ!」
「確かに隠密活動にはもってこいの能力だし人数が多いにこしたことはないけど、無関係な相手にそんなこと頼むのも気が引けないか?」
「じゃあ正式に依頼すればいいよ。ね、くぅちゃん?」
「杏芽莉の知り合いなら、多少は勉強する」
「ちなみにいくらだ?」
俺がそう尋ねると、九重さんはスッと人差し指を立てた。
「1万円……?」
無言で首を横に振る殺し屋。
「まさか10万円……? そんな大金ねーよ」
九重さんから切れ味鋭い視線が飛んできた。
「違う、アイス一個」
「へ……? あ、あの無駄に高いやつか……?」
「違う、パキンってふたつに折るやつが至高。あれ以外はアイスと認めない」
――殺し屋は意外と安価だった。
俺たちは席に座り直し、新しく作戦に加入するメンバーを交えてミーティングを始めた。
「じゃあ明日、九重さんには2人の見張り役を頼もうかな」
「ターゲットの情報は? 生捕りはあまり得意じゃない」
「いや違くて……想定外なことが起きた時に連絡してくれるだけでいいから……」
「了解。でも身の危険を感じたら構わず消す」
さらっと恐ろしいことを言う自称殺し屋、略してJK。
「俺の大事な妹だからやめてくれ……」
その時、ふと何かを思いついたような顔を浮かべて口を開く杏芽莉。
「じゃあ作戦中はグループ通話を繋ごうよ! イヤホンしてればいつでも連絡とれるし!」
「杏芽莉にしてはいい考えだな、採用だ」
「連絡手段の確保は基本、情報は最強の武器」
九重さんがそう反応すると、何故か2人は互いにニヤリと含みのある笑みを向け合っていた。
これはつまり、九重さんなりに杏芽莉を褒めていたということだろうか? 俺はまだ彼女との会話に慣れないでいた。
疎外感を感じてしまった俺は飲み物を口に運ぶが、あまりの不味さに吹き出してしまう。
「ブッハッ――なんだコレ!?」
「どうしたの?」
杏芽莉の問いに、俺は苛立ちながら返す。
「このコーラ不良品だ、めちゃくちゃ酸っぱい……」
「言ったでしょ? 4度殺したって。あなたが気付かない内にそのジュースには毒を混入させてある」
またもや怖いことを平然と言ってのける九重さん。
「ちょっ、毒ってなんだよ!? 普通に飲んじゃったけど!?」
取り乱す俺に、フフと笑った杏芽莉が言う。
「大丈夫だよ碧兄、あたしも一回やられちゃったけど、それただのお酢だから」
「違う、猛毒。こんなに不味い液体早く滅びるべき」
「九重さん、お酢が嫌いなのか……でももうこんなイタズラやめてくれよ?」
「わたしは依頼を遂行しただけ。文句があるなら杏芽莉に言うべき」
「くぅちゃんひどーい! 友達を売る気ー?」
「わたしは死んでも仲間は売らない」
九重さんがそう返すと、また先ほどと同じように笑みを向け合う2人。
「仲、いいんだな……」
――俺はこの2人についていけるのだろうか。
思わず深い息が漏れる。
「あ、碧兄嫉妬してる?」
「してねーよ……」
「あなたも作戦を共にする以上、今後はわたしの仲間」
「そりゃどうも……」
気付けば時間も大分遅くなってしまい、ここで解散の運びとなった。
「じゃあ碧兄バイバーイ!」
「背後には気を付けて」
「お前らも気をつけて帰れよ?」
ファストフード店の前で別れた杏芽莉と九重さんは身を寄せ合い仲睦まじく帰っていった。
こうして俺の長い長い1日は幕を閉じた。
とうとう明日――運命の日を迎える。
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