第7話 決行前夜




「ちょっと、遅いんですけどぉー!?」


 急いでファストフード店へ入った俺に、ぷくりと頬を膨らませて悪態をつく杏芽莉。


 テーブルの上には既に食べ終わったハンバーガーの残骸が見受けられた。


「悪い、思いもよらない出会いがあって……」


「どこにいたの?」


「ら、ラブホテル……」


「はっ……!? キモ過ぎ、死ね」


「ち、違うぞ? 手にすら触れてないし俺は無実だ!!」


「待って、すぐ連絡する」


 慌てて弁明するも、杏芽莉は鞄からスマホを取り出してポチポチし始める。


「おいどこにかけるつもりだよ、警察か!? 別に悪いことなんて何もしてないぞ!?」


「違うし、殺し屋」


「前も思ったんだけど、どうして高校生に殺し屋の知り合いがいるんだよ……」


「あたし、こう見えて顔広いから」


「俺に嘘ついたって意味ないだろ。お前に中学までほとんど友達いなかったの知ってるぞ」


「は? 高校入ってからできたし!」


「そりゃおめでとう」


「信じてないでしょ!?」


 ムキーっと怒りを露わにする杏芽莉の姿が可愛らしかった。


「まぁそんなことより本題だ」


「でも碧兄お腹減ってないの? 待ってるからとりあえず注文してきなよ」


「お、そうか……すまんな」


 優しいところもあるじゃないかと、少し見直した。



 俺が注文を終えトレーを持って席に戻ると、杏芽莉は開口一番に尋ねる。


「てかさぁ、なんで綾ちゃんに2人が嘘の恋人だって伝えなかったの? 言っちゃったほうが簡単じゃない?」


 ハンバーガーの包み紙を開きながら、俺は図書室での一件を思い出す。


「俺も最初はそう考えたんだけどな。正当な理由があったとは言え、2人が軽い気持ちで誰かと付き合うような人だと思われちゃうかもしれないだろ?」


 ひと口目を頬張って彼女を見ると、いつもより少しだけ顔を赤らめていた。


「一兄のこと、そこまで考えてくれたんだ……ありがと……」


 面と向かってお礼を言われると、なんだか急にとてつもなく恥ずかしくなる。


 俺は別に原作主人公の五光が嫌いな訳ではない。漫画を読んでいた時は自分と照らし合わせたりなんかもした。あわよくば、誰もが幸せになれる未来を望んでいたのは確かだ。


「バカっ勘違いするな、全ては凛の為だよ」


「ふーん……碧兄、今超照れてるでしょ?」


 おちょくったような視線を向けるもうひとりの仮初の妹。こいつは凛とはまた違って、気を遣わないというか、気軽になんでも話せてしまえそうだ。


 この世界で唯一、俺の秘密を曝け出した相手だからなのかもしれない。


「んなわけ」


「ふふ、分かりやす」



 食べ終えたハンバーガーの包み紙をクシャリと両手で丸めて、やっと本題へと移った。


「じゃあ最終確認を始めるぞ?」


「あたしが一兄を放課後に呼び出せばいいんだよね?」


「あぁ……明日の放課後、2人は体育委員の仕事で倉庫の整理を教師から頼まれることになってる」


「一兄をそこへ行かせないようにすればいいってことだね」


「そうだ。同時に俺も急用だと言って凛を呼び出す。2人を引き離すことが出来れば、とりあえずは明日中に間違いが起こることはない」


「それで一兄を呼び出した場所には綾ちゃんがいて、それでどうなるの!?」


 ここから先は杏芽莉にとっては酷な話になるが、嘘はつけない。


「俺の知っている未来で、実は四條さんは俺たちが何も行動を起こさなくても近い将来、五光兄に気持ちを伝えるんだ。でも時すでに遅し……五光の気持ちはもう凛に向いてしまっていて、カラダだけの関係となる……」


「それ二股じゃん、嘘だ! 一兄が浮気なんてするはずない! 怒るよ碧兄!?」


 最終的には二股どころではないが、それは流石に伏せておこう。


「ごめん、でも事実なんだ……だからそうなる未来を防ぎたいと思ってる……まだ未来は変えられる筈なんだ」


「じゃあ……余計に頑張らないとだね……」


 杏芽莉は肩を落としながらも、なんとか俺を信じてくれたようだった。


「だから四條さんに敢えて発破をかけてきた。渡した紙には、待ち合わせ場所ともう一つ仕掛けがしてあるんだ」


「仕掛けってなに?」


「四條さんと五光は幼い頃に結婚の約束をしている。その時の思い出の品である四葉のクローバーを貼り付けておいた」


 休み時間全部使って必死に探してやっと見つけたんだ。ご利益ないと許さないからな。


「えぇ、そんなの綾ちゃん絶対思い出すじゃん!」


「これでどうするかは四條さん次第だけど、少なくともマイナスには働かないだろう」


「勇気出して欲しいなぁ……」


「最後の仕上げとして、2人が恋人でいる必要を無くす。つまり――」


「あたしと碧兄が……嘘のカップルになる」


「そうだ。そうすれば2人が関係を続ける理由は無くなるからな」


「でももし、2人があたしたちの呼び出しの連絡に気が付かなかったら?」


「そうなった時は、強行突破だ」


 俺は生徒会長から拝借した鍵の束をぶら〜んと垂らして見せびらかした。


「さっすが生徒会副会長! 絶対未来を変えようね!」


 

 最終確認を終え、しばらくたわいもない話をしていると杏芽莉が席を立った。

 

「あたしトイレ行ってくるね」


「あぁ……」


 1人になると、ドッと緊張が押し寄せる。


 ――果たして、本当にうまくいくだろうか。


 ある程度の未来と過去が分かるとは言え、ここまで他人を巻き込んだからには、失敗なんて許されない。


 今まで感じたことのないプレッシャーに押し潰されそうになった。

 

 少しでも落ち着こうと紙のカップを手に取り、ジュースから伸びるストローを口につけた刹那のことだった。


「あなた……もう4度死んでる……」


 突如として耳元で、静かに吹き込まれた聞き馴染みのない物騒な言葉。


 そのあまりの不気味さに、俺は出所の分からない情けない声を発する。


「ふぇっっっ!?!?!?」


 飛び上がって声が聞こえた右側を振り向くも――誰もいない。


「ど、どしたの碧兄……?」


 丁度トイレから戻ってきた杏芽莉が、ポカンと不思議そうに尋ねた。


「た、確かに今、声が聞こえたんだ。なぁ杏芽莉、ここに誰かいなかったか!?」


「あー、そっか。もう来たんだ」


 ――ニシシと不敵に、杏芽莉は笑った。



 

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