第6話 ビッチギャルのバイトリーダー
4月3日の放課後――生徒会の仕事を終えて杏芽莉との待ち合わせ場所に到着した俺は、店前でスマホを取り出し時間を確認した。
まだ待ち合わせには15分ほど早い。
すると、ピロンとメッセージが届く。
『碧兄ごめん、ちょい遅れそう〜』
送り主は、杏芽莉だった。
隣に書店があったから、そこで時間を潰そうと移動を開始した直後、ファストフード店の裏口から会話が聞こえてくる。
「じゃあお疲れっすー♪」
「バイトリーダーなんだからちゃんとシフト確認しとけよー?」
「分かってるって〜。でも休みだったって思うとなんか得した気分♪」
「気をつけてなー」
「はーい♪」
どうやら出勤日を間違えた同い年くらいで他校の制服を着崩している派手派手しいギャル。
――俺は彼女を知っている。
『恋コイ』ヒロインの1人――
彼女は原作主人公の五光一と同じバイト先に勤めるバイトリーダーとして登場し、五光の下半身を暴走させる原因となる人物だ。
ということは杏芽莉が指定したこの店は、五光のアルバイト先だったのか。
ピンク色の長い髪を揺らしながら、こちらへスタスタと向かってくる。
――その時、俺は一抹の不安に駆られた。
もしも今回の危機を乗り切っても、こいつがいる限りまた悲劇は繰り返されてしまうのでないか……と。
気付いた時には、既に声を掛けていた。
「ちょ、ちょっといいか!?」
「ん、なに?」
「話あるんだけど……」
俺の爪先から頭までを品定めするように一瞥した二宮。
「うーん、じゃ場所移そっか♪」
言われるがまま連れられて来たのは、なんとラブホテルの一室だった。
必要最低限の大きさで、ベッドがひとつ。
それだけを目的に作られているのだろう。
この世界の性質上、ラブホテルは至る所に存在している。しかもそれが外見では絶対に分からない造りになっているのだ。
流石は貞操観念が著しく欠落した世界。
――なんて感心している場合ではない。
彼女がこの地域で有名なビッチだということを完全に忘れていた。
しかもこれじゃあ俺から誘ったみたいになってないか?
「てか背ぇ大きいね〜何センチ?」
入ってすぐにベッドへ寝転がり、脚をバタバタとさせる二宮。隠す素ぶりもなく黒いパンツとバッチリ目が合う。
「178だけど……」
「惜っしぃ〜2センチ足んないじゃ〜ん。どんまーい!」
「別に目指してない」
ひょいっと体を起こす二宮。
「ま、いーや。今日は空いてるし特別にオマケしてあげるよ。でもちゃんとゴムつけてね?」
あぁ思い出した……そういえばコイツは身長180センチ以上の男としか寝ないんだった。
「こ、声をかけたのは別にそういうことをしたいからではなくて、話があっただけなんだ!」
「なぁに、話って?」
「君と同じバイト先に五光っているだろ? 彼にちょっかいを出すのをやめて欲しいんだ」
「どうしてそんなこと言われなきゃなんないの? どうしようがうちの勝手でしょ〜? それとももしかしてあんたゲイだったりして〜?」
「違う……俺の妹が彼と付き合ってて。だから傷付けたくないんだ」
「なぁ〜んだ。そいえばはじめ君、彼女できたって言ってたっけ〜。でもやめな〜い、タイプだし一回くらい試しにヤッときたいじゃん♪」
――このクソビッチが。
でも、考えてみればこの世界ではこれが日常なのかもしれない。
「頼む……」
「もぉなんなのー? じゃあ、あんたがうちを満足させてみればー? ま、無理だと思うけど」
聞く耳を持たない二宮に対して、俺は恥も外聞も捨てて床に額を擦り付けていた。
「お願いします……妹を不幸にしたくないんです……」
「ちょっ、なんでそこまでするの……!?」
二宮の驚声が狭い室内で反響する。
「俺に出来ることならなんでもする。一生君の奴隷になってもいい。だから……頼む」
「なんなの……分かったから頭あげてよ……」
「本当かっ!?」
俺が頭を上げると、二宮は呆れたような声を投げた。
「どんだけ妹のこと好きなの? ガチのシスコンじゃん。でも、ちょっとだけその子が羨ましい気もするけど……」
「ありがとう……恩にきる!」
「じゃあせっかくだから条件つけちゃおっかな?」
「何をすればいい……?」
「うちの足、舐めてよ」
靴下をするりと脱ぎポイっと放り投げると、素足を俺に向け見下すような視線を送る二宮。
「分かった」
迷うことなく近付いた俺に、二宮は伸ばした脚をスッと引っ込めた。
「う、嘘でしょ!? 本気っ!?」
「本気だけど……」
「今のはあんたの覚悟を試しただけだから、ホントにしなくていいって!」
「そうだったのか。ごめん気付かなくて……」
「うちとヤリたくて土下座されたことはあったけど、なんなのあんた……ホント調子狂う」
「でも本当にありがとう。勿論ここの料金は払っておくから。俺は約束があるからこれで」
そう言って背中を向けると、彼女は俺を「ねぇ」と呼び止めた。
「ん?」
「抱かなくていいの……?」
「いいよ、俺童貞だし。だから俺なんかとヤッたってたぶん面白くもなんともないぞ?」
「童貞なのに……抱かないの? なんで?」
瞳を肥大化させて問う二宮。
「好きになった人とだけしたいから……かな。本気で好きになった人を、本気で愛したい」
「そんなこと言う人、初めてだ……」
彼女は自らの膝をグッと抱き抱えた。
「探せば他にもいると思うけど」
「もう目の前にいるからいいよ。ねぇ、連絡先、教えて? うち、今日から誰とでも寝るのやめるからさ、そしたらまた会ってくれる?」
「いいけど、どうしたんだよいきなり」
「まぁなんとなく。あーあ、しばらくヤんなかったら処女に戻ったりしないかなぁ〜。そしたら次は絶対キミにあげるのに……」
「女にとって、やっぱり初めてって特別なものなのか?」
「そりゃそうだよ。初めてはやっぱ、いいなぁって思う人としたいじゃん。まぁうちはそっから壊れちゃったけどさぁ〜」
「そっか……」
二宮と連絡先を交換する際に見えた時刻が約束の18時を大幅に過ぎていたから、俺はすぐにその場を後にした。
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