【万博転生】大阪万博閉幕後に異世界転生した結果、世界を抱く神の環となる話

ずみ

――俺はただの木の輪っかだ。立ってるだけなのに、人間どもが勝手に「加護」だの「慈悲」だのと祈り始め、気づけば世界を救っていた。



2025年10月13日。

最後の花火が夜空を焦がし、万国の歌声が響いた。

幾千万の光が会場を満たし、拍手と歓声がうねりとなって消えていく。


大阪湾岸に築かれた祭典は、こうして幕を閉じた。


人々は去り、パビリオンは灯を落とし、祭の幕は下ろされた。

残響だけが広場を満たし、静けさが降りた。


――ただひとつ。

二キロにわたる巨大な木のリング だけが、海辺に屹立していた。


俺はただの木材でできた輪。

立つしか能のないただのリングだった。

役目は終わった、はずだった。


その時、光が満ち視界が裏返る――――





草は芽吹かず、川は干上がり、風は砂を転がすだけ。

瘴気すら避けて流れ、魔も人も顧みない。

大地は裂け、骨は白く、空は黙したまま。


そこは、神々にさえ見捨てられた不毛の大地。


――そこに、俺は降り立った。


周囲を見渡す。人影なし。動物すらいない。

空には太陽が二つ。白と赤。

――まあ、誰がいようといまいと関係ない。

俺はただのリングだから。





雨が降った。

瓦礫の隙間に水がたまり、残飯や紙屑にじわじわ染みこんでいく。

そこから芽がひょろっと出てきた。


――いやいや。水とゴミが勝手にやっただけでしょ。



飢えにやつれた一人の旅人が、その光景を目撃した。

「……なんだこれは」

驚愕と歓喜が入り混じった声。


「神のリング が大地を蘇らせた!」

彼は仲間に告げ、噂が広がり始めた。

やがて数人の人間が現れ、リング に祈りを捧げるようになった。


――なんもしてないのに。





リング の周りに粗末な小屋が建ち、やがて集落が形を取った。



ある日、洗濯物が風で空へ舞う。

「神の旗だ!」と誰かが叫び、白いシャツを祭具にし始めた。


――ただの洗濯事故だよね?



パン屋は窯の前で汗だくになっていた。

そよ風が通ると、火加減が安定し、パンがふくらんだ。

「聖なる膨らみ!」と人々は拝む。


――いや、ただのイースト菌の働きだから。


子どもが凧を揚げ、風に乗って高く舞い上がる。

糸が切れた瞬間、「神と繋がった!」と大はしゃぎ。


――ただ糸が切れただけだ。





集落は広がり、畑と市場ができた。風車が立ち、粉挽きが楽になる。

リング の加護だ!」


――いや風が吹いてるだけ。



雨でモグラが溺れかける。村人が救い上げ、歓声があがった。

リング の慈悲だ!」


――助けたのはその村人でしょ。俺はただそこに"在る"だけ。



石を積んで神殿が建ち、柱には鈴が吊るされた。

商人が集まり、街として賑わいを増す。

街は都市へ。石造りの建築、大広場、供物の山。



風が通り、澄んだ音を奏でる。神官が熱弁をしていた。

リング は神の声を届ける!」

行列や仮面舞踏も始まり、街には護符を売る商人が並んだ。

――ただ風が鳴らしてるだけだ。


祭りも始まった。太鼓と笛が鳴り響き、

天環祭てんかんさい』と呼ばれるようになった。

夜ごと灯火がともり、壁画にはリング の姿が描かれた。



リング を中心に都市が拡がっていく。

――俺はただ木でできた輪。勝手に盛り上がっていればいい。



夜になると、リング の光に群がるユスリカの大群が舞った。

人々は「神の羽音」として崇めた。

――虫だ。ただ光に寄ってるだけだ。



やがて人々は呼んだ。

「世界を抱く神のリング 」 と。





しかし、豊かさは常に影を呼ぶ。

祭りの歌が絶えぬ都市にも、やがて黒き影が忍び寄った。


最初は風の噂だった。

「北の森で村が消えた」

「帰らぬ兵がいる」

人々は笑って打ち消そうとしたが、誰も目を合わせなくなった。


やがて現れたのは、地平線を染める黒い旗。

乾いた風が鉄と血の匂いを運び、

その奥からは、鈍い太鼓のごとき軍靴の響きが近づいてきた。


子らの笑いは消え、商人は荷を隠し、

祭りの太鼓すら恐怖に掻き消された。

人々は知った――魔王軍が迫っている、と。


戦乱の最中、市民は逃げ惑った。

家屋が倒れ、子どもが下敷きになりかけたその時、

突風が柱を押しのけ、空間が開いた。

リング が救ったぞ!」と歓声があがる。

――まあ、風は吹いてたけど。



突風が荒れ、斥候が叫びと共に崖へと呑まれた。

「これは神の先制攻撃だ!」

――ただの転落事故でしょ。


呪文は逆巻き、煙は術者へと還り、轟音と共に肉を裂いた。

「神が呪いを返した!」

――いや、ただの自爆。


火矢が倉庫を焼き払ったが、天は雨を降らし、炎を打ち消した。

リング の慈悲だ!」

――タイミング合っただけ。


戦場に翻る黒き軍旗は、烈風に折られて泥へと沈んだ。

リング は我らを選んだ!」

――ただのボロ布だ。


竜が空を裂いて舞い降りたが、嵐がその翼を裂き、地に叩き落とした。

リング が竜を屠った!」

――自滅。俺関係ない。


そして魔王の本陣。

重き鎧は風に鳴り響き、その轟きは大地を震わせた。

リング の咆哮だ!」

――……。



そして――

天を割る光がリング を包み、

その輝きに誘われて、無数のユスリカが集い始めた。


一匹は点に過ぎず、十匹は塵に過ぎず、

だが千、万と重なると、 それは黒雲となって渦を巻き、

昼を夜に変えるほどの暗き軍勢となった。


兵は恐慌に陥り、魔王の影は霧のように散った。

そして群れは光を浴びて金に染まり、

朝空を覆う黄金の波となった。


「見よ! 黄金の軍勢だ! 神が遣わした!」

地を震わせる祈りと歓声が、夜の天へと昇っていった。


――ただの虫だ。

  それでも、あの光景は確かに荘厳だった。


木のリング は静かに朽ち、ユスリカも短命に散った。






俺はただ、木でできたリング

虫もただ光に集っただけ。

けれど人間が語るなら、それは“神話”になる。



人々の寓話は時代を超えて伝えられていく。

『終わりゆく世に天から神の環が降り、 黄金の軍勢に護られて世界を繋ぎ直した』と語られる。


リング は静かに朽ちても、物語の中では永遠に残った。



――俺は輪っかひとつにすぎないのに。





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ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

大阪万博もうすぐ終了ですね。祭りの閉幕はさみしいものです。

1ヶ月ちょいあとの閉幕に向けて応援したいなと思って投稿してみました。


実のところ、本作は【台風転生】の姉妹作として書きました。

台風が五日間で能動的に駆け抜けたのに対して、今回は動かない木の輪が長い年月をかけて“神話”になっていく物語です。

実は同じ世界・同じ時間軸なので、魔王軍が右から左からダブルで大変なことになっていた……という裏設定になっています笑


【台風転生】なんて冗談半分で始めたのですが、

書き進めるうちに人間の「解釈の力」ってすごいなあ、としみじみ思いました。

笑いながら読んでいただけたなら嬉しいです。


もし面白かったら、ブクマや感想で応援していただけると励みになります!

そしてまだの方は、ぜひ「台風転生」もあわせてどうぞ。

二つ並べると、世界の広がりをちょっとだけ感じてもらえると思います。


それでは、また次の転生神話でお会いしましょう。


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