時間を眺める天女

松ノ枝

時間を眺める天女

 天女が時間を見ている。概念としての時間を。あらゆる時間の上にそびえ立つ時計台から。


 私は天女のしがない使用人。日々、天女様の住まう時計台を管理している。

 「天女様、本日の掃除は完了しました」

 時計台の窓から半身を乗り出し、物憂げな顔を浮かべるのは天女様。

 「そうですか、下がっていいですよ」

 天女様は年中、窓から様々な時間を見ている。地球の誕生や世界的な出来事、あるいは取るに足らない事さえも。

 時間を見つめる目は天女様に何を見せるのか。

 「…一つお聞きしたいことがあるのですが」

 「何です?」

 「あなた様はいつも物憂げでございます。一体何を思っておられるのですか?」

 天女は窓を少し見つめてから、私に振り返る。

 「私の過去についてです。時間を見ていると時折思い返すのですよ」

 そういい、天女様は窓を離れ、こちらへと歩み寄る。

 「…今日は少し早いですが、歯車を回しなさい。それと歯車を回し次第、こちらへ来るように」

 「はい」

 天女様はそのまま、量子テレポートで空間をジャンプし、私も同様の動作で歯車を回しに向かう。

 歯車は時計台の時計、その針を回すもので、いつもは回っていない。これが回る時はこの時計台が時間を行き来する時だ。

 私は歯車を精一杯の力で回し始める。一度回せばその後回り続ける仕組みだが、いつもその始まりは人力である。

 歯車はギギッと音を立て、回り始める。

 私は天女様の元へとテレポートした。

 「…何をしているのですか」

 天女様の目が私の醜態を貫く。どうやら座標を間違えたようで階段に体がめり込んだ。

 「いえ、失敗しました」

 気を取り直し、姿勢を正す。

 「では行きましょうか」

 時計台の針が過去方向へと加速する。それと同時に時計台そのものも時間を過去方向へ溯っていく。

 そうして時計台はとある時間へとやってきた。

 「さて、外へ行きましょうか」

 天女様の後を追い、時計台の外へ出る。そこには平安京が広がっていた。

 「ここは…」

 「平安京です」

 何故平安に連れてこられたか分からなかったが、天女様は私を置いて

歩いていく。置いていかれないようにと急いで追いかけた。

 しばらく歩くと天女様は足を止め、こちらをちらりと見る。

 「これは竹ですね」

 「ええ、私の生まれた場所です」

 どうやら天女様は竹から産まれたようで、私としては良く分からなかった。天のお人であるからそういうこともあるかと分からないなりの納得をした。

 そうして竹を見ていると遠くから一人の翁が近づいていた。

 「…天女様?」

 「……行きましょうか」

 天女様は時計台へと足を向け、歩き出す。

 翁を見つめる目はどこか喜びを纏い、幼く、悲しいような目だった。


 時計台に戻るともう一度時間を越え、次は翁を見てから、十数年後の時間に来た。

 「うっ、眩しい」

 時計台の外からは神々しい光が降り注ぎ、それは天人の後光であった。

 天人は天上世界から多宇宙を渡り歩くため、金色の船に乗っていた。それは天の景色で、地の景色は帝がある女性を守ろうと軍を手配していた。

 「あれは私」

 天女様はそういい、守られている女性を指す。それは後の世で竹取物語の輝夜姫と呼称される者であった。

 帝の軍が天人へ攻撃をしようとするものの、光に当てられ全ての者が戦意喪失。また輝夜姫も羽衣を纏い空へと昇り出す。

 「…次へ行きましょう」

 天女様も光の影響か、少し体が浮き上がっていた。

 時計台は更に未来へ。


 次に見たのは空へと昇る煙。それは富士山から昇っていた。

 「あれは帝が不死の薬を燃やしたの。初めから不死の薬など無かったけれど」

 不老不死が住まう天上に居る天女様ゆえ、不死の薬など無いことを知っている。不死は物質の摂取で成れる状態でなく、時間の概念を己から切り離すことで成し遂げられるもので、肉体が死んでしまう前にいつかの死を時間ごと切り離すことが必要である。

 「…」

 天女様は煙の行く末を見てから、遠くのとある老夫婦を見つめる。

 「…会わないのですか、あの方々は天女様の」

 「今は時間を越えています。変にパラドックスは作りたくはありません」

 時間旅行についてのルール、それは過去の誰とも会わない事、それが天女様の目を物憂げなものへと変えていた。

 「さて、帰りましょうか」

 いつも行う時計台の操作だが、この時はしない方が良いとも思った。

 しかし私たちは時計台と共に帰った。時間に居座り続けるのはパラドックスより厄介だから。


 平安に向かった次の日も私は時計台を管理する。

 「本日の掃除終わりました」

 「…そう、下がってよいわ」

 天女様は変わらず窓から時間を眺めている。その目も変わらず物憂げで、悲しみを帯びている。

 あの目はもしや天上で天女になった天女様の会えぬ人を映しているのかもしれない。

 憂いを纏いながら今日も明日も時計台の天女様は時間を見守っている。

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時間を眺める天女 松ノ枝 @yugatyusiark

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