第9話 すれ違い
神妙な面持ちで話始め、一瞬にして空気が張り詰める。
さっきまでとは違うドキドキ感があり、気温は低くないのになぜか氷のように体は冷たくなっていた。
「今日……帰る時、如月さんに言われて……」
「そっか、瑠奈から……」
消え入りそうな声で言い、柚木さんは寂しい目を浮かべながら言葉を続けた。
「前にさ……ママが海外行ってるって言ったでしょ?」
「だから今独り暮らしなんだよな?」
「うん。ここまでは言ってなかったけどさ、ウチ今ママしかいないんだよね。ウチが小学校くらいの時にパパと離婚したからさ」
確かに彼女の口から『父親』に関する話は聞いたことが無かった。
年頃の女の子と父親は関係がこじれやすいと勝手に思っているから、柚木さんもその1人だと思っていた。
しかしどうやら完全に違ったらしい。
「パパが結構横暴でさ……。仕事で嫌なことあるとママに当たったり物に当たったりする系で。ウチに手出さなかったのは、ギリ親心なのかなって思ってるけど」
「他人とか物に当たる奴に親心なんてないだろ」
「それは確かにw ま、でもウチが男の人苦手な理由はわかったっしょ?」
過度な心配をさせないようにしているのか、柚木さんは笑いながら言った。
でもあまりにも悲しそうな笑顔でかえって心が痛んだ。
「……うん」
父親のことがトラウマになっている。
小学生でも分かる簡単な答え。
しかし……。
「じゃあさ、どうして俺とはこんな風に話してくれるんだ?」
そこだけが気になった。
男の人が苦手というならこんな風に俺の家に来るのも嫌だろう。
きっかけこそ『シャワーを借りる』だったが、ここまで距離を縮めなくともいいはずだ。
「もし……さ、無理してるだったら来なくても大丈夫だよ。もちろんシャワーは引き続き借りてもいいし。でも夕飯作ってくれたりとかは……もう……」
胸の奥で『こうじゃない』と必死に抵抗する自分がいた。
それを強引に押しつぶしたからか、言おうとした言葉が頭から消えていってしまい、継ぎ接ぎのようにして話す。
「ウチが来るの……迷惑だった?」
泣きそうな声でそう言った柚木さん。
急いで目を彼女の顔に向けると、瞳が静かに揺れていて今にも涙が溢れそうになっていた。
「違う! そういうわけじゃ――」
「ごめんね、気づかなくて」
止めようと叫ぶが、彼女の耳には届かなかった。
立ち上がった柚木さんは走って家を出て行ってしまう。
ドアが閉まる音が妙に大きく聞こえてきて、伸ばした右手は空を掴んでいた。
急いで後を追いかけるなんて勇気はなく、俺は暫くこの場から動けなかった。
◆◆◆
次の日、午後7時になっても柚木さんは家に来なかった。
それどこか学校でも話しかけられることなく、本当に『ただのクラスメイト』という関係のようだ。
ちょっと前まではそれが普通だったはずなのに、今の生活をまだ受け入れられない自分がいる。
「この家ってこんな静かだったっけ……」
夕食のカップラーメンをすすりながら呟く。
これを食べるのも何やかんやで久しぶりだ。
柚木さんが『ちゃんと栄養取らないと!』と言ってインスタント系を食べるのを減らすよう言ってきた。
会話の中で3食作ると言い出した時には本気で止めたけど、最近の夕食は彼女の手作りを食べていた。
「……はあ」
ため息が出る。
カップ麺を食べる自分にも、この状況で柚木さんのことばかり考えている自分にも。
人間関係に疲れて高校生活では人と関わらないで行こうとしていたのに、今はこんなにも彼女と過ごした時間を思い出している。
笑ってしまうほどの矛盾。
ここまで自分で分かっているというのに、素直に口に出すことができない。
結局俺は自分から動いて壊しちゃうのが怖いんだ。
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