第19話
「明日の朝には寮に戻るから、その前にお兄さんのところに寄ろうか。姿が見えなくなって、きっと心配しているだろうし……」
「俺のことは気にしなくていい。君の身の安全が最優先だ。取り返しがつかなくなる前に、早くこの家族から離れないと……」
小さな手で自ら毛繕いをしながらも、彩月を心配してくれる響葵の優しさが愛おしい。
「ありがとう。響葵くんは優しいね。響葵くんが人間だったら助けてって言っていたかも」
もしも響葵が人間だったのならその慈愛に甘える形で、彩月はこれまで溜め込んできた気持ちを泣き縋りながら吐露してしまっただろう。
出来損ないとして蔑まれて家族の中に居場所が無く、これまで勉強ばかりやってきたことで友人がほとんどいない。大学生になってから始めたSNSでさえ使いこなせていなかった。
二十歳にもなって今更友達の作り方を聞くわけにもいかず、家族について他人に助けを求めることはもっとできない。
孤独に生きていくしかないと全てを諦めて耐え忍ぶことを選んでしまった哀れな彩月の内面を。
「でも血が繋がっている以上、家族との縁は完全には切れないよ。一時的に距離を取ることはできるけれど、どちらかが生きている限りは永遠に切れるはずない。悪いのは全部自分。爽月より優れていると思って真似して、爽月のように愛されたいと思った自分が……ううん。そもそもこの世界に生まれてきたのが間違いだったのかも」
彩月がもっと早く自分の実力を理解して爽月以下の存在でも良いと思えたのなら、ここまで苦しい思いをしなかったかもしれない。
もしくは自分が愛されていないことに気付けないような鈍感だったら、どれほど幸せでいられただろうか。
しかし愚鈍では無かった彩月は歳を重ねるにつれて気になってしまった。
どうして両親は爽月ばかり優遇するのだろう。爽月の言うことはなんでも聞くのに、彩月の言うことは聞いてくれないのだろう。
授業参観や運動会といった学校行事は爽月を優先して、家族写真も爽月の写真ばかり撮っている。
バースデーケーキはいつも爽月の好きな白いショートケーキで、洋服も爽月ばかりフリルやレースがたっぷり使われたピンク色の可愛いもの。彩月にはバースデーケーキそのものが存在せず、可愛いとは無縁の安物の洋服ばかり渡してくる。
一番悲しかったのは、小学校入学時に与えられたランドセル。
爽月だけ希望通りの有名ブランドで発売している淡いピンク色のランドセルを渡されて、同じランドセルをねだった彩月に与えられたのは伯母が買ってくれた昔ながらの真紅色のランドセルだった。
爽月が欲しがるものは何でも買うのに、彩月の欲しいものは買ってくれない。
同じ日に同じ母から産まれたのに、差があるのはどうしてだろう。
両親は彩月の何が気に入らないのだろう。どうしたら両親は彩月を愛してくれるのだろうと、子供の頃はそんなことばかり考えていた。
爽月よりも良い子にしていたら、爽月よりも勉強や運動ができたら、二人は愛してくれるのだろうかと思った。
その答えは大学受験の際にはっきりした。両親はどうやっても彩月を愛する気はないのだろう。
彩月が大学に合格していたとしても、反対に爽月が受験に落ちていたとしても、きっと爽月のように愛してくれなかった。
両親の中で大切なのは爽月。彩月はそれ以下の存在でしかなかったのだから……。
「爽月のように愛されないと知った時や受験に落ちた時は悲しかったし、早くこの世界から消えてしまいたいとも思ったけれど。でもね、素敵な出会いもあったんだよ。もう自分の人生をかけても良いってくらいの最高の出会いがっ!」
脱いだ服とバッグを脇に抱えつつ、洗い立ての響葵を二階の自室に連れて行きながら彩月は興奮気味に話し続ける。
そうして約一年半ぶりに自室のドアを開けたのだった。
「響葵くんは知ってる? 空を駆ける彗星のように輝きながらも、あっという間に消えてしまった人気アイドル。キョウくんこと五十鈴響夜くんを!」
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