第18話
「面と向かって両親に『価値が無い』って言われた時は傷ついたけれど、でもその言葉に納得もしちゃったの。爽月になりたいなんて馬鹿げた夢を見ていただけだって。どう足掻いたって生まれつき天才肌の爽月に敵うはずないのに」
爽月の側にいたから勘違いしていただけだった。爽月と違って自分には何も取り柄が無い。所詮、彩月は爽月の二番煎じ。
満月のように完璧な爽月に、わずかに欠けた十六夜のような彩月が敵うはずも無いのに。
感傷的な気持ちのままで響葵を洗い続けていたが、当の響葵は「俺はもう良いから、そろそろ君も身を清めた方が……」と繰り返していた。
しかし彩月の洗う手が止まらないことに気付くと、やがて諦めたのか大人しく洗われたのだったのだった。
「姉と同じとはいかなくても、君だって他の大学に合格したのだろう、それだって充分すごいことじゃないか」
「今の大学はね。私の学力でも確実に特待生になれるところだから受けただけなの。受験に落ちた後、将来性が無い私にはもうお金を使いたくないって言われたんだけど、どうしても大学に行きたかったから。それで短大でもいいからって、今の大学を受験したの。定員割れしていたから受かりやすかったし、特待生になれば学費が全額免除に加えて、大学指定の学生寮にも安く入れるから……」
本当はこの実家から大学に通うつもりだったが、爽月が彩月と一緒にいるところを事務所の関係者や大学でできた友人たちに見られたくないと騒ぎ出した。
そこで彩月が実家を出て行くことになったが一人暮らしは金が掛かるということで両親が難色を示したので、大学から紹介された学生寮に入ることになったのだった。
寮生の大半は県外から進学してきた人たちなので、大学からほどほどに近い場所に住んでいる彩月は相当な場違いだが、それでも四六時中、両親の小言や爽月の自慢話を聞かせられないだけまだ良い方だった。
「今日は用事があるから帰ってくるように爽月に言われたんだけど、ただ単に自分が人気者であることを自慢したかっただけみたい。付き合わせちゃって、ごめんね」
大学の寮に入ってからというもの、これまで一度も帰ってくるように言われなかった。それどころか家族の誰からも連絡も無く、彩月から連絡しても忙しいのに連絡してくるなと説教されてきた。
それで寮生のほぼ大半が帰省するお盆休みや正月休みも彩月は寮で過ごしていたのだが、昨日になって急に爽月から帰ってくるよう連絡があった。
詳細を尋ねても無視されたが、まさか自分がファンからもてはやされていることを自慢するためだけに呼び出されるとは思いもしなかった。
これにはショックを通り越して、呆れてしまったのだった。
「俺は構わない。ただその……あまり家庭の事情に首を突っ込むのも悪いと思って黙っていたのだが……君は辛くないのか。こんな扱いを受けて、痛く苦しい思いをして。双子の姉の誕生日ということは、今日は君の誕生日でもあるのだろう。それなのにこんな雲泥の差……」
「大丈夫だよ。大学を卒業したらどこか遠くに行くつもりだし、辛いのは今だけ。それに今日で二十歳になったの。両親の同意なんて必要ない“大人”になったことだし、これからは自由に生きるんだ。特にやってみたことはないし、結局はその場しのぎでしかないけれど……とりあえずどこかに就職して、それからゆっくり考えるつもり。そのためにも就活を頑張らなきゃね」
本当は数年前に法律が改正されたことで十八歳の時に自由の身になっていたが、二十歳にならないとできないこともあったのでどこかしっくりきていなかった。
だが二十歳の誕生日である今日を迎えたことで、ようやく大人になったという実感が湧いてくる。
これでやっとあの毒親と毒姉から解放されるのだと――。
お湯を止めると近くにあったタオルで響葵を拭くが、その間も響葵は身震いして長い毛に付いた水滴を洗面所の床や壁に飛ばしてしまう。
「すまない、つい……」
申し訳なさそうに響葵は肩を落とすと、彩月が持っていたタオルで床を拭き始める。艶を取り戻した黒漆の細長い毛には今も水滴が残っており、時折響葵の足元に雫が落ちた。
うさぎが懸命に床掃除をしている愛らしい姿につい頬を緩めてしまったが、「気にしないで」と響葵を抱き上げたのだった。
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