第3話 観測者のデータム #朔 #凪
午前の授業中。
昨日は深江から受領した問題の検討で、夜更かしをしてしまった。その間中、図書館で解答を書いた人物が誰なのかという疑問が、ちょくちょく脳裏をよぎった。
証拠として見つけた長い黒髪が気になる。今朝の登校中も、学校に着いてからも、ちらちらと女生徒の姿を背後からチェックしてしまう。
授業中もそのことが気になって集中できないし、古文は元々苦手な科目ということもあり、ほぼ聞き流し状態だ。興味の薄さと睡眠不足がタッグで襲ってきて、危うく居眠りモードに入りそうになったので、眠気を追いやろうと目線を浮かせた瞬間、斜め前の席――黒髪の後ろ姿が視界に入った。
(……おさげ髪……ツインテールかな? おろせばロングだよな…………確か、
湊川凪は学年一位の成績で有名な子だ。ただの一位というだけではなく、一年生の初めからずっと一位である。朔は彼女とは一度も話したことが無い。一年生の時は別のクラスだったし、中学も別だから接点が無かった。
ちらちらと横目で湊川凪の髪を観察する。若干つやが無く、毛先が荒れているように見える。図書館で見た髪と似たような様子。
(学年一位か……、成績がいいなら、量子コンピュータに興味持っている可能性もあるかな?)
※
授業が一つ終わり、合間の休み時間。
教室の入り口に立った凪は、二宮に声をかけようかと思ったが、彼女が閑談しているグループに
凪が自席に着席した時、教室の前の方にいる二宮が何か言った。それに反応して、逆瀬が屈託ない笑みを見せている。
新学年も五月ともなれば、新結成の仲良しグループが成立し終わっている時期だ。
(二宮さん、転校してきたばかりなのに、もう
感心する。
自分はどうなのか。席に座り、凪は自省する。
一年生の半ばから、凪は次第に周囲から避けられている雰囲気を感じていた。二年生になった今でもそれは変わっていない。
話しかけたことのあるクラスメイトからは、こちらを嫌悪しているか、不審がっている様子を感じる。
安倍子高校のスクールカーストでは、学業成績の良い者が上位に行く傾向がある。だというのに、学年一位であるはずの凪は、女子のどのグループにも属すことができず、孤立していた。
無理もない、当然のことだと凪は思う。だって、自分はあんな薄汚れた場所から通っているのだから。偏見の目で見られるのは当然だろう。風俗街の
他の人間がどう思っているのか明確に聞いたことはないが、少なくとも凪本人はそう思っていた。
(私はみんなとは違う……二宮さんだって……)
二宮だって、どうなのだろう。続ける言葉を凪は飲み込んだ。
きっと本当の自分を知れば、
凪はずっと疎外感を感じてきた。
知っている中で、
机の上に広げた、使い古しのノートや、割れて破片になった消しゴム。文房具ですら新調をためらっている。スクールバッグは中学から使いまわしだし、保護シールが破れかけた十年物の携帯電話も、新調する余裕なんてない。
偏差値の高い
家庭環境を
とはいえ、教室内で完全に孤立しているのはやはり
休み時間、教室の自席に座っていると、耳をすましたわけでもないのに、クラスのそこかしこにいる、他の女生徒たちの話が聞こえてくる。
とぎれとぎれで、明確な内容はわからないが、交わされている会話は、自分とは縁遠い世界の物語だ。
iPhoneの新しいバージョンをいつ買うかとか、お小遣いをためてブランド物のバッグを買う話。インスタ映えするスポットの話とか、たぶん、とてつもなく甘酸っぱい味がするだろう、スターバックスの新作の話とか。
そういった話は、安倍子高校の女生徒にとっては他愛のない日常の話だが、凪にとっては求めても得られないユートピアの話に聞こえるのだ。
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