第2話 ボス戦そして、レベル上限解放

 涼はパネルを閉じ、深く息を吐いた。

 まだ胸は高鳴っている。これまで見たこともない「スキルツリー」という力を授かり、世界が一変した気がした。


 白髪碧眼の少女――名をヘレーネというらしい。

 彼女は不思議な微笑みを浮かべ、洞窟の出口を示した。


「行こう、涼。外の世界で、汝の力を試す時だ」


「……ああ」


 二人は隠し部屋を後にし、Fランクダンジョン《スライム巣窟》を抜けていった。


 出口に近づくにつれて、湿った空気が薄れ、外の光が差し込んでくる。涼の心はどこか晴れやかだった。落ちこぼれの自分に、初めて「可能性」が与えられたのだから。


 だが、運命はすぐに彼を試す。


「おい、なんだぁ? 涼じゃねえか」


 洞窟を出た瞬間、耳障りな声が飛んできた。

 赤茶けた髪を逆立て、胸を張って立つ男――岡部だ。Eランクのハンターで、涼と同じ街に拠点を持っている。


 岡部はいつも涼をからかってきた。理由は単純。涼が「スキルなし」「魔法なし」の落ちこぼれだからだ。


「へっ、今日もスライムいじめか? まあ、それくらいしかできねえもんな」


 あざける声に、涼の拳が自然と震える。

 けれど、これまでは反論すらできなかった。岡部は火魔法を使える。攻撃力も段違いで、Fランクの涼が逆らえば痛い目を見るだけだったから。


 しかし、今日の涼は――背後に一人の少女を連れていた。


 白いボブカットに、湖のように澄んだ碧眼。

 その姿に、岡部の視線が釘付けになる。


「お、おい……その子は?」


 涼は一瞬迷ったが、きっぱりと答えた。


「仲間だ」


「……は?」

 岡部は目を丸くし、それからいやらしい笑みを浮かべた。


「おいおい、嬢ちゃん。そいつはやめとけよ。涼なんざ落ちこぼれ中の落ちこぼれだぜ? スキルも魔法も持たねえただの人間だ。そんなやつにくっついてても未来はねえ」


 彼は胸を叩き、炎のようなオーラをまとった。

 掌に小さな火球を生み出し、見せつけるように空へ放つ。


「俺は火魔法が使えるんだ。魔物だって簡単に焼き尽くせる。強い男に守られる方が安心だろ? なあ、俺と来なよ」


 ヘレーネはじっと岡部を見つめた。碧眼に感情の波はない。ただ淡々と値踏みするように、彼の全身を眺める。


 沈黙に耐えきれず、岡部は口元を歪めて言葉を続けた。


「どうだ嬢ちゃん? 俺なら――」


「――黙れ」


 ヘレーネの声は氷刃のように鋭かった。

 凛とした響きが、周囲の空気を一瞬にして凍らせる。


「なっ……!」


「私が仕えるのは、この男だけだ。汝の炎では、彼の影すら照らせぬ」


 その言葉に、涼は思わず胸を打たれた。

 誰かにそう言われたのは初めてだった。


 岡部の顔が赤くなる。悔しさか、羞恥か。


「お、おい涼! てめえ、調子に乗るなよ! そのうち泣きを見るぜ!」


 捨て台詞を残し、岡部は苛立ち紛れに去っていった。


 静寂が訪れる。涼は小さく息を吐いた。


「……助かった」


 すると、ヘレーネは首を横に振った。


「いや、助けたのは私ではない。お前が己を『仲間』と呼んだからだ」


「……!」


 涼の心に、熱いものが込み上げる。

 落ちこぼれでも、スキルがなくても。彼女は自分を認めてくれた。


 初めて手にした仲間。

 その存在が、涼の胸に揺るぎない決意を芽生えさせていた。


――佐々木涼は、もう落ちこぼれではない。



 涼とヘレーネは、街のギルド前に立っていた。

 掲示板にはいくつもの依頼が貼られ、強者のハンターたちが獲物を選んでいく。

 その中に「Eランクダンジョン:ゴブリンの巣窟討伐」とあった。


「……行くのか、涼」


 ヘレーネの碧眼が涼を見つめる。

 これまでの涼なら怖じ気づいていた。EランクはFランクより格上。魔物の強さも、桁違い。だが今は違う。


「行く。俺はもう、ただの落ちこぼれじゃない。……試したいんだ、この力を」


 彼女は小さく微笑んだ。


「ならば、私が汝を守ろう」


 二人は受付で手続きを済ませ、ダンジョンゲートへと足を踏み入れた。


 Eランクダンジョン《ゴブリンの巣窟》。

 洞窟内はFランクの《スライム巣窟》と違い、荒々しい足跡や血の染みが残っている。湿った空気に鉄錆の匂いが漂い、耳の奥にざわめく笑い声が木霊した。


「気を付けろ。奴らは群れる」


 ヘレーネの警告と同時に、影が走った。


 緑色の皮膚、小柄な体躯。鋭い牙を剥いたゴブリンが四体、棍棒を振りかざして迫ってくる。


「来やがったな……!」


 涼は剣を抜いた。だが心臓が跳ねる。Fランクの魔物とは違う、殺意の波動が押し寄せてくる。


「涼、試せ」

「――ああ!」


 涼はステータスを開き、スキルツリーに視線を落とす。

 《知恵の樹》に割り振ったポイントで得た最初の魔法の枝。そこに刻まれていたのは――


《ライトニング》


「……来い!」


 涼の右手に、青白い稲妻が走った。空気が弾け、洞窟が閃光に照らされる。


「――ライトニング!」


 雷光が前方に奔流となって走り、先頭のゴブリンを焼き焦がす。

 甲高い悲鳴と共に奴は黒煙を上げ、地面に転がった。


「や、やった……!」


 初めての魔法。体の奥から力が流れ出す感覚に、涼は震えた。


 残り三体のゴブリンが怒りに駆られ、突進してくる。

 ヘレーネは一歩前へ出ようとしたが、涼は手で制した。


「大丈夫だ。俺がやる!」


 短剣を振り抜き、一体の棍棒を受け流す。金属音が耳をつんざき、腕が痺れる。

 だが次の瞬間、雷光を帯びた刃を叩き込んだ。


「はああっ!」


 閃光と共に、ゴブリンの胸を貫く。

 悲鳴が洞窟にこだまし、二体目が崩れ落ちる。


 残る二体。息が荒く、膝が震える。

 けれど――背後にヘレーネがいる。その事実が涼を奮い立たせた。


「俺は……もう、弱くない!」


 ライトニングの詠唱を重ね、連撃で三体目を仕留める。最後の一体は刃を振り下ろした瞬間、逆に棍棒を叩きつけてきた。涼は防御力の低さを思い知り、脇腹に激痛が走る。


「ぐっ……!」

「涼!」


 ヘレーネの声が響く。

 視界が揺れる。だが倒れられない。


「うおおおおっ!」


 稲妻を刃にまとわせ、振り下ろした。

 雷光がゴブリンを真っ二つにし、洞窟は静寂に包まれた。


 荒い息を吐きながら、涼は剣を杖代わりに立ち上がる。


「……倒した、のか」

「よくやった」


 ヘレーネの碧眼が温かく輝いていた。


「ハイヒール」


ヘレーネは俺に回復魔法をかけてくれた。ハイヒールは回復魔法の上級魔法だ。


 だが、試練は終わりではなかった。


 奥へ進むと、広大なホールに出た。天井には無数の骨が吊るされ、異臭が漂う。

 玉座のような岩に、異様な存在が腰掛けていた。


「グルルル……」


 ゴブリン。だが通常の個体とは比べ物にならない。

 赤黒い皮膚、筋肉質な体躯、爛々と輝く黄色の瞳。棍棒ではなく、禍々しい大剣を握っている。


「……ゴブリンケイオー」


 ヘレーネが呟いた瞬間、涼の視界にステータスが浮かぶ。


《鑑定》

【名前】ゴブリンケイオー

【レベル】11

【体力】120

【攻撃力】25

【防御力】20

【俊敏性】15


「レベル11……! 俺のレベルより上だ」


 格上。

 理屈では勝てない。けれど――逃げるわけにはいかない。


「来るぞ!」


 ゴブリンケイオーが咆哮し、地を揺らす勢いで突進してくる。

 涼は咄嗟にライトニングを放ったが、奴は大剣で雷撃を叩き斬った。


「な……雷を斬っただと!?」


 巨体からは想像できない俊敏さで、連撃が襲う。涼は必死に受け流すが、防御力の低さから衝撃が体を蝕む。腕が痺れ、呼吸が荒い。


 だが――負けられない。


「俺は、ここで証明するんだ!」


 涼はライトニングを剣にまとわせ、渾身の一撃を放つ。

 だがゴブリンケイオーも吼え、大剣を振り下ろした。


 閃光と衝撃音が重なり合い、二人の体が弾かれる。


「くそっ……!」


 立ち上がる涼に、ヘレーネの声が届いた。


「恐れるな、涼。汝の力は、枝葉のように広がる。信じて振るえ!」


「……ああ!」


 再び雷光を呼び、剣と共に突進する。

 大剣を避け、刃を突き込む。稲妻が走り、ゴブリンケイオーの体を貫いた。


 だが奴は倒れない。逆に大剣を振り上げる。

 その瞬間、涼は最後の力を振り絞り、詠唱した。


「――ライトニング!」


 剣先から奔流となった稲妻が、至近距離でゴブリンケイオーを直撃する。

 絶叫と共に奴の巨体が痙攣し、膝を折った。


「今だぁぁっ!」


 雷光を帯びた刃を振り下ろし、首を斬り裂いた。


 ゴブリンケイオーの体が崩れ落ち、洞窟に静寂が訪れる。


 次の瞬間、涼の視界に文字が浮かんだ。


《システム通知》

ゴブリンケイオーを討伐しました!

経験値を獲得しました!

【レベル上限】が解放されました。10→ 20


「……やった……本当に、やったんだ」


 涼は膝をつき、荒い息を吐いた。

 ヘレーネがそっと肩に手を置く。


「見事だ。落ちこぼれではなく――真なるハンターとしての一歩を踏み出した」


 涼は剣を見つめた。

 震える手の中で、それは確かな重みを持っていた。


 落ちこぼれだった少年は、ようやく自らの力で未来を掴み始めたのだ。

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案2俺だけスキル無双な件~謎の美少女から授かったスキルツリーの力で成り上がって最強を目指す~ 空花凪紗~永劫涅槃=虚空の先へ~ @Arkasha

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