第35話
恐縮している様子のブルームに代わってシャイアが答えた。
「こいつたぶんものすげえミーハーなんだよ。ユア・ハイネスに頼まれたら断ることなんかできないって言うんだぜ。笑っちゃうでしょう?」
「笑うというか、てっきり僕は彼に好かれているのだと思っていたので」
「いや、好かれてる。間違いなく好かれてんだよ、心の底から。こいつだけじゃなくて、国民の皆があなたのこと大好きなんだってさ。だいぶあら探しもさせてもらったけど、マジで何も出ねえでやんの。オレと違って人望があるんだな。酒にも女にも溺れてねえし、トランプ一枚触りもしねえって。あんな人格者は他にいやしませんだってよ。それにまあ、なんていうかイケメンでおられることですし? あなたのこと遠くから見てたお嬢さんが失神したとか、逆に死にかけたばあさんがあなたの顔拝んだ途端に窯に火をくべて三日分のパンを焼いたとか、なんかすごいことになってるよ」
唇を尖らせて言ったシャイアに、アデレードは腕組みをして答えた。
「皆勝手なことばかり言うから。だからって、こういうのは僕としては予想外だ。恋人がいるなら、先に言えばいいのに」
「オレもそう言ったんだって。でもこのバカが頑固でねえ。割と全面的にこいつ、悪いとオレも思うよ。だけどあなたにもよくないとこあるじゃない。こいつ、ダズンローズも知らないような朴念仁なんだよ? それを花束受け取るまで立たないとかごねられて、よく分からんうちに婚約してたってこいつは言ったよ」
「どうしても、一刻も早くその人を王宮に入れなくてはいけなかった。僕も焦ってんだよ、雨がやまないのは誰のせいでもないのに毎日毎日周りにせっつかれて。きみも王族ならこのプレッシャー、分かりそうなものじゃないか」
仏頂面をしていても、全身が雨に濡れていても、長身の王子は美しかった。風に乱された髪に滴る雨粒が月夜にキラキラと輝いて、彼自身が光を放っているかと思うほどだった。
「お察しいたしますよ、オレは、ね。でも田舎貴族のこいつにそれを分かってくれは無理がある。しかもこいつ結構なバカだぜ。そもそもこの人、龍神様の生まれ変わりなんでしょ、元々の龍神様からしてあんまり賢い坊やじゃな……うっわ」
青天の霹靂。
昼だったらそうなっただろう。音もなく雷光が闇を裂き、湖に落ちてまた一面が輝いた。
「おい、今のお前がやったの?」
と訊いたシャイアにブルームは青い顔で首を振った。
「俺じゃねえよ。龍神様の前で悪口言うから怒ってんだろ」
「ええっと、すいませ~ん、龍神様! っていうかあれなのね、生まれ変わっても本体はまだ別にいたのね? なにそれ地縛霊? 分身すんの? ていうか、こいつ本当に神様的な何かなの、実際そこんとこ、どうなんですかー?」
湖に向かってシャイアが声を張り上げたが、特に何の反応もなかった。
「龍神様の生まれ変わりなのかどうかは、分からないが、赤毛のΩの少年はこの国の影の王なんだ。だから、国外に出られるのは勘弁していただきたい」
「そう言われてもねえ」
シャイアが行儀悪く剣をぶらぶらさせながら言った。
「だったら、なんかこの状況をどうにかしてくれよ。金と権力は腐るほど持ってんでしょ、あなた。オレは、こいつと番いになれれば別に特に望みとか、ないんで」
アデレードは暫し考えたあと、ブルームにも尋ねた。
「ブルームさん、あなたは?」
「俺は頭がよくないので、どうしていいのか分かりません。自分でも本当にどうかしていると思いますが、この男が好きです。番うのはこいつの他に考えられない」
「どうかしているは余計だ」
横からそう言ったシャイアにブルームはチッと舌打ちを返した。
「だったら、話はそう難しくないのでは?」
とアデレードが言った。
「僕がきみらに望むことは一つ……いや二つだ。大事な方は、とにかく祝福の子を国外に出してはいけない。新婚旅行に行くなとは言わないが、住むのはこの国の中にしてもらいたい。もう一つはさあ、さすがにこれはひどいと思うんだよ。この僕をフッておいてくっつくんだったら、添い遂げてもらわないと僕が浮かばれない」
「いいよ、それで」
とシャイアは言った。
「いいんだけどさ、オレんちって国内にはあるけど正直めちゃんこボロいの。そんなところに祝福の子置いといたら、賊に狙われてすぐ死ぬかもしれんなあ」
ニヤニヤ笑いながらそんなことを言い出したシャイアにさっとブルームが顔を強ばらせた。
「おいこら、お前殿下に何を」
「何が望みはないだよ、はっきり言ったらどうだ。シャイアくんにそれなりの冠位をあげたらいいんだろ。ついでにうちの所有の家屋敷を一軒、家具と使用人つきで用意させてもらう。結婚祝いとでも思って受け取ってくれ。それと、シャイアくん、きみに父が下賜した名字を念のため教えてほしい」
「アーテルという名を頂戴いたしました」
と答えたシャイアにアデレードはため息をもって答えた。
「あの人、本当に失礼な人だな。それは元王族に与える名ではない。僕が新しい姓を差し上げるとそれはそれで角が立つから、申し訳ないが、スカリーの姓を名乗って欲しい」
「あらま、それじゃ婿養子みたいだねえ」
ヘラヘラと笑っているシャイアにアデレードがてきぱきと答える。
「結婚したら必ず夫の姓になると決まっているわけじゃないし、なんならきみんとこは夫夫なんだから、何もおかしくない。必要なら僕が直筆でスカリー家に書面を出す。祝福の子で、しかもこれだけ白い人にアーテルなんて名乗らせるのが僕の美学に反するんだ。というか僕だったらまず、平民にだってそんな名を差し上げたりしない。我が父ながら、ひどいセンスだ」
「なんだ、話の分かる人だな。オレ、あなたにだったら一生仕えてもいいや」
「え?」
ロイヤルブルーの目が見開かれて、一段と幼く見えた。
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