第29話
「十三の時にはもう童貞じゃなかった。その後、国を出て十五くらいでここに着いてんの。だからこっちじゃ遊んでるように見えないかもしれんけど、一通りのことは経験してるよオレは」
「……十三? おま……龍神様のこと言える立場じゃねえよ、それは」
泡を食った様子のブルームに深いため息を零してシャイアが言う。
「ほらね。だから言いたくなかったんだオレは」
「ねえ誰と? どこでどういう流れでそうなったんだよ、なあ」
「いいでしょそんな昔のことは。これだから童貞は」
「だってお前の方こそ事案じゃねえの、それ。ショタコンっているところには、いるんだなあ」
「龍神様のカレシとか?」
とようやく逸れていた話が戻ってきて、ブルームは首を傾げた。
「そういや、龍神様はちょいちょい甦ってくるみたいだけど、相手の男はどうなったんだろうな」
「死んだきりじゃないの。ただのαの人なんだから」
「それじゃ龍神様は甦り損だ。いつまで経っても野郎に逢えない」
眉をひそめるブルームにシャイアがしれっした顔で言う。
「やっぱり運命じゃなかったんだろうね。お話の最後の方で龍神様がぐるぐる回ってたじゃない。きっとこれがその後の龍神様の様子を表しているんだよ。巡っても巡っても出会えない恋人を探している。だからΩなのに、お前は運命の相手が分からないんだろ」
「……そうすっと、お前がこのショタコン野郎ってことになるけど、それでいいのか?」
胡乱な翠の瞳にシャイアが答えた。
「お前と喋ってるとショタコンの気持ちも分かるってもんだね。精神年齢的にはこれ、もはや事案ってくらいに離れているんじゃないの」
「おいてめえ、誰がガキだよ、ふざけんな。俺は再来週には二十歳になるんだぞ」
そう言ってすごむ様子が完全に子どもそのものだ。
「そんでめでたく皇太子妃よ。さあて龍神様、今世も間違えてしまわれるおつもりで?」
「……でもさあ」
どうしても納得しきれずにブルームが言う。
「お前の言ってること、筋が通らないとは思ってねえよ? 俺には読めそうにもないけど、これだけ証拠らしきものもある。お前の作り話にしちゃ、大がかりだし、いかにもいかにもありそうな話でさ。だけど、俺たちが今まで信じていたこととまるで真逆なんだ。そうだよ、殿下だって祝福の子は赤毛で龍神様の恋人だったって言ってたんだぞ?」
半信半疑のその瞳にシャイアが答えた。
「それはオレも思った。んで、お前の大事なヒズ・ハイネスについても調べたよ」
「王家の歴史?」
「そう。さっきの龍神伝説よりだいぶ後の時代からしか、パルティオン家の話は出てこないんだけど、一冊だけパルティオン一世は神官の家系って書いてあった」
「神官? 龍神様のか」
そうでしょうねえ、とシャイアは頷く。
「この国って別に神官だから結婚しちゃいけないとかないんだよね。それで、紀元前何世紀からか知らないけどずっと続いて王位を護り続けてるなんて、たいしたもんだ。たぶんこれαの出やすい家系ってのが影響してんだろうね」
のんきなんだかなんなんだか、内紛とかも全然ないみたいだしここ。とシャイアは感心した風に言う。
「内紛って何さ」
「だから、国の中で王位を簒奪したり、革命が起きて世の中引っくり返ったりするやつだよ」
「そんなことする人いんの。不敬罪じゃん」
「不経済? 戦争って確かに収支マイナスになるからね。特に内紛だとどう転んでも生産高落ちるし」
お前にしてはよく分かってるじゃないの、と言うシャイアにブルームが強く頷く。
「戦争は仕掛けられた時にしかしない。でも来た奴らは全員叩きのめして謝罪と賠償をさせるもんだ」
「金持ち喧嘩せず、なのかなあ? お前らほんとに真珠産業だけで生きてやがんだな」
話が噛み合っていないことには気づかず、シャイアは話を王家の歴史に戻した。
「とにかくなんでか知らんけどお前らはαの王が大好きなんだ、昔から。面食いが多い国民性とか言ってたし、王様も強いより美形がいいとか思っているんだろうな」
「それは否定しないが……」
「パルティオン家は遺伝的にαが産まれてくる家柄。でも逆に、Ωの子は絶対に産まれないんだね」
言われてみればその通りだった。ブルームにとっては当たり前の話だが、王家では女も含めれば頻繁にΩを娶っているはずなのに、産まれてくる子どもはβかαだ。王家にΩの子はいない。Ωは必ず嫁の性と決まっている。
「本来皆が崇めている龍神様はΩなの。でも王家には、αしか産まれない。王家の威信を保つためにどうすればいいか。たぶんどっかの時代で賢臣が王様に耳打ちしたんだ。α性とは王位の証、龍神様の血筋ですぞって。そして本当は龍神様であるΩの男をほぼ強制的に娶れば、うまいことパルティオン家の中に龍神様を迎え入れることができるってわけだ」
「はあ。賢い奴もいるもんだなあ」
これが本当ならよく考えたものだとブルームは翠の眼を丸くした。
「それから何世代もそんなことを繰り返しているうちに人々はαの王を龍神様の血筋だと信じ込んだ。もしかしたら、すでに王家の人も元の神話を忘れているのかもしれないと思ったんだけど……お前のヒズ・ハイネスの必死さからすると、知ってる人は知ってる話なんだな」
「俺が、龍神……」
だとしたら龍神とはなんと無力な存在なんだろう。好きな男と引き裂かれて入水自殺するような可哀想な子どもが、何度も生まれ変わって今は迫り来る結婚式に怯えているだけなんて。
「だからお前があんな腹黒王子に従う理由もないんだって。αつったってただの人間だからね。王子様と神様で、王子様の方が偉いなんてことがあるわけないだろ」
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