第28話

 シャイアが複数の本から調べてある程度一致したパルティオの建国神話は以下の通りであった。

 まだ人と神とが交流していた頃のこと。一人の赤髪の美少年が恋に落ちた。その相手については文献によってまちまちだが共通しているのは年上の男ということだったのでここでは単に男と記す。

 赤髪の少年と男は愛し合っていたが、それを人々は許さなかった。

「男同士だったから?」

 少し不安げに揺れる翠眼にシャイアは小さく首を振る。

「それもあるかもしれないけど、どうもこの少年、ほんとに若いんだよね。神代の話だから十五で成人とかでもおかしくない。だからまあ、ゲイじゃなくてショタコンだったからだめだったんだろうなあ」

 男は年上としか書かれていないけど、読んだ感じおそらくこりゃ成人だぜ、とシャイアは続けた。

「ニコラに成人が近づいたら、確かにそれはちょっと……」

 赤みのある眉をひそめてブルームが言う。

「もしこの赤毛くんが精通もしてないくらいに若かったとすると、大昔でも事案だったんだろうねえ」

「……この国どうしようもねえな」

 ブルームはため息をついた。湖で濡れた赤髪がそろそろ乾き始めていた。

「で、まあとにかくバレて二人は引き裂かれるんだけど、その結果……」

 男は処刑され、赤髪の少年は無罪となった。しかしこの少年は愛する男のいない人生に絶望し、湖に身を投げた。その時、湖の中で男児が産まれた。赤髪の少年は真っ赤な龍の姿になって湖の上で叫んだ。

 ぼくは何度でも生まれなおす。そして次こそはあの人と幸せに生きていくんだ。

 ぐるぐると湖の上を旋回したあと、龍神は天に昇った。その後パルティオには一年じゅう雨が降り続いた。

「このへんはまあ、脚色もだいぶされていそうだけど大事なのはここだよね。少年が子どもを産んでる」

「その子どもどうなったんだよ。湖の中に産み落としたとか、すぐ引き上げないと心配じゃないか」

「神話にそんなこと言ってもねえ。まあこれで分かったろ、この子が男でΩだったってこと。で、例のショタコンはαだったんだろうね。子どもが生まれたってことは」

「確かに、この子の年齢によっては事案だなこれ。龍神様って、こんな人だったんだ……」

 人々は後味の悪さからか、龍神をひどく恐れた。龍神の息子を皆で育て、龍神に祈りを捧げた。

 人々が降り続く雨に疲弊しきった頃、国に美しい赤毛の男の子が生まれる。成長してΩだと分かったこの子を龍神の生まれ変わりとして親切にしたところ、雨がやみ、一年の半分は太陽のもとで暮らせるようになった。

 以来、赤毛のΩの男の子は祝福の子と呼ばれた。祝福の子を誰よりも幸せにすることで、龍神の涙雨はやがて真珠に変わり、この国に富がもたらされた。

「めでたしめでたし、だね? 龍神の生まれ変わりの赤毛さん」

「いや俺、龍神様じゃねえし」

 難しい顔で唸っているブルームの手からほとんど空になったカップを取り上げて、シャイアはもう一度キッチンへ立った。

「二煎目、だと?」

 心使いはありがたいけど今より薄いの淹れる気か。半ば感心したような声を投げるブルームに湯気の立ったカップを両手にシャイアが答えた。

「知らないの? お茶は二煎目が一番うまいんだぜ」

「知ってるけど、さっきのもまあまあ薄かったからね。黒い民はドケチってのは本当らしい」

「ということは、龍神伝説も本当かもしれんよ」

 気にした風もなく笑い声を上げたシャイアにブルームが少し色のついたお湯を飲みながら言った。

「なんか色々と残念だな俺は」

「どこらへんが?」

「俺たちの龍神様がなんか執念深くてアホな子どもってのもアレだし、相手の男なんかショタコンだし、子ども産み落としてそのままどっか行っちゃってるし。これ可哀想なの子どもじゃねえの?」

 さっきからだいぶ湖に産み落とされた子どもを気にしているブルームに鳶色の瞳は静かに答えた。

「お前は皆から愛されて育っちゃってるもんなあ。産み落とされてそのまんまとか、考えもつかんのだろ」

「ほっとけよ」

「まあ、ほっときますが。オレ思ったんだけどね、龍神様のこれ、たぶんうなじ噛まれちゃってんだよね。龍神様が頼んだのかもしれないけど、それにしたってやっぱり年端もいかぬ子どものうなじなんか噛むべきじゃないよ。ここまで悲惨でなくとも、ひどいことになるのは目に見えていたはずだ。初恋にのぼせ上がった子どもが数年後、おっさんになったこの男を見てどう思っただろうね」

 いつになく辛辣なシャイアに今度はブルームが鋭い翠の眼を向けた。

「お前こそ神話にそんなこと言うもんじゃない。こりゃお前のいう運命とやらも信用できねえな。年の差の運命の番いは、あり得ないとでも言うつもりか」

「運命だったらなおのこと、数年待てばいいじゃないの」

 と、シャイアは言った。

「オレは待ったでしょうが。運命なら必ず手に入るはずだと鷹揚に構えて、もうすぐ五年だ。運命じゃないと思ってたらお前なんかとっくに食っちゃってるよ」

「鷹揚に構えて? 高をくくってたの間違いでは。もしくはお前がヘタレなだけだろ」

「童貞にヘタレとか言われたくないね」

 二人の間にどうでもいい火花が散った。

 色つきのお湯を飲んでブルームが言う。

「童貞すら守れない男に何が守れるって?」

「男の貞操に価値はないんだろ。こんな時だけ都合良く童貞をステータスにしてんじゃないよ」

 ぐぬぬとブルームは黙り込んだ。

 この褐色の男、剣でもなかなか勝てないが口でもほとんど勝たせてくれない。この男に絶対に勝てるものが何かないだろうかと考えた。

「……顔は俺の方がいいよな?」

「えっ、ごめん何の話?」

 脈絡なく聞こえるトンデモ発言にシャイアが鳶色の目を丸くした。こちらの黒髪もすっかり乾いてきたようだ。

「そうだよ、俺って美少年なんだろ。美少年の童貞なら守るのに価値があるんだ、きっとそうだ」

「ええ? ちょっとよく分かんないけど、お前らの国ではそうなのかなあ?」

「だいたいお前はいつどこで童貞捨てたんだよ、十五からずっと一緒にいたけどそんな気配なかったじゃねえか。さては、お前、嘘だろう」

「嘘じゃありませんー。っていうかノーコメントって言ったよオレは」

「ほら嘘くさい。ほんとは童貞だからディテールが語れないんだろ。非童貞のフリをしてる童貞が一番恥ずかしいんだぞ」

 と言われるに至ってシャイアは唸るように答えた。

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