第18話

「俺ずっとこの国にいて、一応は貴族の端くれだけど殿下のご結婚の話って聞いたことないから。あと、国王陛下もご結婚は一度しかされていないし、この国には側室制度ってなさそうなんだよな」

「ええっ? ってことは、お前正式に皇太子妃になんのか。男は別枠とかではなくて? どっかの国の式典とかに呼ばれて、男二人で並んで出席すんの。へえ~。この国じゃお前祝福の子かもしれないけど、よその国からしたらゲイの国と思われるな、それは」

 移民ならではの視点に、ブルームは「なるほど」と呟いた。

「それにまあ、制度としてはなくったって、側室なんかいくらでも作れるよな。お前はうなじ噛まれたら殿下としかできなくなるけど、殿下は絶対女に走ると思うなあ。オレは絶対、浮気しないよ。金はないけど、浮気は絶対に、しない」

 と言い切るシャイアにブルームはため息を返した。

「なんでそう言い切れるんだよ。っていうか、お前って結局、ゲイなの?」

「うーん? 伝わってないかなあ。オレはお前が好きなの。お前が男だから、まあ、ゲイと言われればそうなのかもしれないし、違うと言えばそうも言える。お前が女に生まれていたり、今後性転換したりとか、女装したり、普通にちんちん勃たなくなっても、お前のこと変わらず好きだよ」

 今度はゲホゲホとブルームは咳き込んだ。

「いやお前、なんかそれは……どうなんだろう」

「運命ってそういうことじゃねえの? オレさあ、こないだまで結構不安だったのよ。お前が全然Ωっぽくないから、この人本当はβなのかなあ、βの人好きになっちゃったけど何か間違えてるのかなあ、この人落とした後に本来のΩの人が来てオレに運命の番いだとか言い出したら泥沼なのかなあとかって」

 何か吹っ切れたようにシャイアは語った。

「でもおかしいのよ。どう考えてもオレ、お前のことが好きで、チューすると燃えるのよ。だからまあ、お前がβだったり、もしかしたら万が一αだったりしても、好きなものは好きだからしょうがないなあって。そうしてお前とどうにかなった後でΩの人と出会ってしまったら、悪いけどそのΩの人には諦めて貰おうと思っていた」

「Ωとαは、一対一対応で必ず運命の番いがいると思ってるのか、お前は」

「うん。少なくとも、運命の番いが存在しないαというのはオレは出会ったことがないね」

「Ωのほうは?」

「……そこが、かわいそうなところだと思うけども、αの方がそもそも生まれてくる人数が少ないから、一対一で対応させるとどうしたってΩが余ってる。これがなんでなのかはオレには分からんけれども、番えないΩは一定数いる。でも、運命の相手に出会う前にどちらかが死ぬ以外には、αは番えないことは滅多にないんだ。ちゃんとΩの人が、判断を間違えなければ」

 暗にお前が間違えなければと言っているようなその声音に、ブルームは少し考えてから答えた。

「Ωが余っているんだったら、その余ってるΩの中から番いを見つければいいんじゃないのか」

「そんな余りもん同士ひっつけようったって、そうはいかんよ。というか、これ、本当に不幸だなって思ってるけど、運命の相手を見つける能力は普通、Ωの方が高いんだって。運命じゃないαで妥協したがるΩなんて聞いたことない。だからオレとしちゃ、お前がオレと殿下で迷ってること自体が、本当に理解できない。オレが運命だと思うよ? 殿下はその件、なんも言ってなかったの。殿下はお前が運命の番いだなんて、今の今まで思ってもなかったわけでしょう」

 うーん、とブルームは唸った。

「見つけてあげられなくて申し訳なかった、とおっしゃったんだ。たぶん殿下は殿下で誤解されていて、俺が近衛兵に入ったのが殿下のおそばにいたいと思って努力した結果だと思ってらっしゃるみたいだった」

「……いやだから。その誤解をちゃんと解けよ、お前は!」

 またしても鳶色の目が険しくなった。

「誤解は誤解なんだけど、俺が殿下をお護りしたい気持ちは本当だろう。それが、こう意識に上らないところで殿下に惹かれていたんだとしたら、あながち間違ってもいないのかなあと、思って」

「いーや。お前のあれは殿下恋しさとかじゃないよ。完全にチャンバラ好きの悪ガキだったね。もしくは、功名心だろ。お前ってさ、意外と下級貴族だってことにコンプレックスを感じてるるよな。それで剣の腕だけでも認められたいって気持ちが強いんじゃないの」

「ああ、それは違うな。完全に、違う」

 とブルームは静かに言い切った。

「最初から殿下を愛してたとか言い出す気か?」

 口を尖らせたシャイアに、ブルームが言う。

「俺は本当は近衛兵まではなるつもりは、なかった。龍頭守衛団(ドラゴン・ヘツズ)で充分だったんだよ。そりゃあ親を安心させたかったってのはあるけど、だからってそこまで頑張ろうとも思ってなかった。そのうち受かりゃいいなってのが本音だった。だけど、お前が来やがったから」

「オレ?」

 まん丸の鳶色の目を見つめて言う。十五でこの目に出会ってからというもの。毎日毎日、この目が。見飽きるほど見たこの目が、いつだって手の届くところにいたから。

「俺が本気出したのはお前のせいだ。お前より強いんだって、証明したくて近衛兵を受けたんだから」

「……オレとお前で、どっちが強いかって?」

「お前は気にしたことないのか。最初に勝負した時から、俺、ずっと疑問だったんだ。本当はお前の方が俺より強いんじゃないかって」

 シャイアがよく見れば端正なその顔を歪めた。

「お前の方がすばしっこいよ。あと、ずるっこい。昔からそれは負けるんだわ、お前には。お前って小さい頃は不正を嫌うような馬鹿正直な子だったらしいのに、いつの間にそんなずるっこく成長したんだろね」

 それがシャイアが「竹を割りたがる」と表現した意図だった。シャイアが出会った時点ではすでにブルームは悪知恵を使うようなクソガキだったように思うのだ。たいして、頭がいいわけでもないのに。

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