第13話
「俺も兄貴も分かってるよ。殿下が男だってことくらい、言われるまでもない」
「男と結婚するってことはお前、殿下にぶち込まれるってことだからね。想像してみ? オレにゃ耐えられん」
心底苦しそうに吐き出された言葉に、ブルームは衝撃を受けた。
「えっ……あ、いや。そうか。……ええっ、でも。殿下が?」
「そらそうだろ。殿下だって男なんだから勃つもん勃つし、勃ったら挿れるし、そしたらお前は中出しされんの。祝福の子とか結婚とかなんだか素敵な感じに言ってるけど、現実そういうことなんだよ?」
「あ、ああ。そうか……そうだな。そこまで生々しく考えてなかった」
ブルームにとって太陽の王子はそれほどまでに神のような存在だった。護衛対象で、愛する君主。やがて名君となる器の、雲の上の貴人。
愛情あふれる恋文をいただいても、具体的なセックスまで思い描くことなどブルームの発想にはなかった。
シャイアの危機感がようやくブルームにも伝わり、これではぽやぽやだの純粋培養と言われても何も言い返せなかった。
「今気づいたみたいな顔してんだから、たまったもんじゃないよ。それにもうひとつ、お前に分かってほしいことがあるよ」
やっと少し落ち着きを取り戻してシャイアは言った。
「αにとって、運命だと感じたΩを他のαに取られる辛さは、普通の失恋なんかと比べものにならないもんなんだ。βにだって失恋自殺とかあるくらいだよ。ましてや、αだったら頭がおかしくなるような話なんだから。お前にも分かるように言ってやろうか」
目の前で妹が陵辱されるより、キツい。
その言葉に実際に妹を持つブルームが過剰反応した。
「冗談でもそんなこと言うなよ……!」
「冗談でもないんだけどね。ああいうのって自分が何かされるより精神的に堪える。でもそれよりキツいんだよ、今オレは」
お前が殿下と並んで立っているだけでオレは、泣きわめいて暴れ回るだろう。
とシャイアは言った。
「じゃあ、どうしたらいいの俺は」
「選ぶしか、ないよ。オレか殿下か、選ぶのはお前だ」
オレを選ぶなら、一生大切にする。オレは何がどうあろうとお前を放さない。
そう言ったシャイアにブルームの翠眼が揺れた。
「でも、この国で生きられなくなるかも」
「なら国外逃亡だ。知ってんだろ、オレ元々移民だもん。お前だって近衛兵になるくらいの腕がありゃ充分。どこでだって生きていけるさ」
何もかもを捨てて逃げる気だ、この男は。
「もし俺が殿下を選んだら?」
「選ぶ気あんのね。まあいいわ。そしたらオレはおそらく死にます」
お前を犯して死罪になるか、乱心して湖に飛び込むかは、なってみないと分からないけれども。
あくまで軽い調子でシャイアは答えた。
「どのみちお前は不幸になるのか」
「どうして。不幸なんかじゃないよオレは。お前がいれば、それだけでいい。それしか、望んでないでしょうが」
最後にそう言ってシャイアはブルームの頬を褐色の両手で包み込んだ。一度雨に濡れた手は普段より冷たかった。
「俺はまだお前を選んでないよ」
「うん。でもキスはノーカンなんだろ。じゃなかったらオレ、とっくに死罪だもんねえ」
歌うように言って、シャイアはわざと音を立ててブルームの唇に吸いついた。いつもそうしているように自然にブルームの口が開いて二枚の舌がもつれ合う。
ヒートのことを考えたのか、シャイアにしては控えめなキスを終わらせて銀色に輝く糸を断ち切った。
「じゃあオレもう帰るわ。シーツ、がんばって誤魔化してね」
くっくっと笑って、窓を開ける。来た時と同じように二階の窓を飛び越えて、闇の中に浅黒い身体は溶けていった。
ブルームはすっかり重くなった泥だらけのシーツを苦労して引き上げながら、降り続ける雨の音に耳を澄ませる。
この雨がやむ前に決断しなければならないことは、今はもう充分に理解していた。
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