第12話
「要らないんだろ。なら、くれ。そんなつもりならもっと早く抱いとくんだったな」
脅かしているつもりなのか、ゆらりと立ち上がってシャイアがベッドの上のブルームを見下ろした。
「オレはねえ、十五でお前に出会った時から、ずっとずうっと好きだったの。でも会ってすぐじゃヤリモクとか思われちゃうかなって遠慮して。十六になった時にはお前と毎日遊んでるのが楽しくなって、友達でもいられなくなったらどうしようかとか思い悩んで、十七の頃にはお前は近衛兵団の入試のことでピリピリしてるから邪魔するのは悪いだろうとためらって、十八になったらやっと試験に合格したってのに今度はお前は仕事仕事仕事に夢中で体力使い果たしてバタンキューで、最近になってようやく付け入る隙でもできそうだと思ってたらヒート起こして倒れてこのザマよ。もう完全にトンビに油揚げかっさらわれるとこだからね、これ」
息もつかずに言い切って、シャイアはブルームの翠の眼を覗き込んだ。
「お前の貞操、今オレにくれ。そんでうなじ噛ませろ。そしたらさすがに断る理由になるだろ」
と言い出すに至って、ブルームはようやく状況が飲み込めた。
「待て待て、お前勘違いしてるよ。うなじを噛むって、番いの儀式の話聞いたんだろうけど、違うから。あれは早い者勝ちでどうこうできるものではなくて、αがΩを噛んだ時だけ契約が成立するのであって、βがいくら噛もうがどうしようが、何も起こらないから!」
「分かってねえのは、そっちだバカちん」
珍しくストレートに低く嘲ったシャイアの目玉は、何か可哀想なものでも見るような色をしていた。
ブルームの言うようにαとΩの間には番いの儀式が行われる。βの人間も龍神の前で永久の愛を誓えるが、それよりもっと意味は強い。Ωのうなじは生涯に一度、αに噛まれる。そうすることで噛んだ者はそのΩの永遠の伴侶となり、二人の絆が物理的に成立する。
Ωは噛まれた相手としか性交できなくなるのだ。
男であっても女であっても、他の相手に欲情しなくなる。性交しようとしても一切の性感が失われるらしい。
αの方はまた別の相手のうなじを噛んで伴侶を変えることができるので平等とは言いがたく、それゆえΩの意思に反してうなじを噛むことは人道に反する行為だ。Ωが無理矢理噛まれたと言い出せば相手のαは王族であっても一切の信頼を失うだろう。
αにとってもΩにとっても、番いの儀式には深い意味があるのだ。
だが、それはあくまでαとΩの話であって、βが誰のうなじを噛もうがそんなものはただの噛み癖に過ぎない。
強い圧を放って見下ろす鳶色の瞳を見つめ返して、ブルームはようやく思い至った。
「まさか、お前……アルファ、なの、か」
乾いた緊張が喉に絡んだ。唾を飲むことも出来ずに呆然とするブルームにシャイアが妙に色香の滲んだ声で囁いた。
「さあ? 噛ませてみ。それで、はっきりするんだろ」
「だってお前。王族じゃないとαは生まれないんだから」
「そうね。オレが噛んでも、何も起きんのだろ。問題ないじゃない。いいから噛ませろ」
ブルームの肩を強く掴んで、シャイアは膝の間に割り込んできた。
「ちょっ、待て。待てって、それはマズい。落ち着いて……!」
「落ち着いてんだよ、オレは。お前は貞操なんてどうでもいいんだろ。殿下に断る理由がないんだろ。だからオレがどうにかしてやるって言ってんの。目え瞑ってじっとしてろよ。すぐ終わるんだから」
耳元でそう吹き込む男の声にブルームは本能的に察した。
なんでだか分からないが、こいつはαだ。どう見ても王家の血筋ではない外見だが、αの男が今ここにいる。
「ダメだって!」
突き飛ばす代わりに強い声で制した。シャイアはまだ湿った額をブルームの肩に押しつけて囁いた。
「なんでダメなの。殿下は嫌じゃないってさっき言ってた。殿下はよくて、オレは嫌なの……そういうことなの?」
「そういう意味じゃない。もし仮にお前がβだったところで、祝福の子に噛み跡なんかつけてみろよ。タダじゃ、済まない。ましてや本当にαなんだったら」
お前、殺されるぞ。
押し殺した声で言ったとき、ブルームの胸が引き攣れるように痛んだ。
「本望だ」
とシャイアは答えた。まっすぐな目を向けてブルームの額に口づけた。
「このまま殿下に嫁ぐお前を指をくわえて見ているくらいなら、オレは死罪になってもかまわない。抱かせてよ。嫌じゃないなら」
緊張からかヒートの影響か、ブルームの心臓は壊れたように激しく打ち鳴らした。
「俺にそこまでの価値なんかない。頼むから、やめて。俺も一緒に死罪になるってんなら、まだマシだ。でもお前これ、一方的な加害者にされちまうんじゃねえの。俺のせいでお前だけ殺されて、それから先、俺どうやって生きてきゃいいってんだよ」
ククッと低い音を出してシャイアは嗤った。
「かわいいこと言ってくれちゃって。じゃあうなじは今は諦める。とりあえずセックスだけしようよ」
そのかわり嫌とかやめてとか言うなよ。娼婦みたいに抱かれてくれよ。バレたら死ぬんでしょ。冥土の土産にするから、これ以上ないくらい乱れてよ。
そう言ってシャイアは赤い髪ごとブルームの後頭部を掴んだ。
「……んっ」
強引に重なった唇から当然のように濡れた舌が割り込み、赤毛の男の整った歯列をなぞりはじめる。ブルームは薬で押さえ込んだはずの劣情が刺激されるのを恐れた。
「やめろって、マジで!」
濡れたままの服を着た肩を突き飛ばして、ブルームはその身を離した。
「殿下が、好きなのね?」
静かに深い声でシャイアは訊いた。
「嫌いではない。でもお前が言ってるような意味じゃない」
「なら、オレが嫌いなわけ?」
褐色の顔を絶望に染め上げて、シャイアはキラキラと潤んだ目を向けた。
「そんなわけないだろ。分かってくれよ、俺そんな変なこと言ってないだろ。祝福の子に手を出すべきじゃない」
「分かって欲しいのはオレの方だ。お前、Ωなのに分からないのか。普通は運命の番いに先に気づくのはΩなんだよ? お前のヒートが異常に遅かったのも、たぶんそういうことなんだろうな」
オレは最初からお前がΩじゃないかと感じてた。
と言い出したシャイアに、ブルームは翠の目を見開いて黙り込んだ。
「でも何年経ってもヒートが来なくて、あれ違うのかなあと思い始めてたんだ。二十歳までなかったら、βで確定だなって。オレが見誤ってるんだなって。お前はめちゃくちゃ、性成熟が遅いタイプのΩなんだろう。昔から綺麗なツラしてんのに、色気が全然ないからΩらしくもない」
「色気って……」
「他のΩ見たことくらいはあるだろ。Ωって男も女も、クラクラするような色気があるもんなんだよ。お前、すごい愛されて育ってんだろ。純粋培養されすぎ。お前の兄貴もそんな感じしたよな。あれでもう……二十五くらいなんだっけ? 弟が男と結婚するっつってんのに、何も分かってないみたいに喜んじゃって。龍神信仰とか関係ないからね。お前も、ちゃんと分かってんのか怪しいもんだ」
兄のことまでそんな風に持ち出されて、ブルームは一言口を挟んだ。
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