第23話 見えない檻
加藤から「世話係」という名の首輪をつけられてから、私の周りの空気は一変した。
乗客たちは、遠巻きに私を見つめている。
その目には、以前のような同情や連帯感はない。
あるのは、得体の知れないものを見るような恐怖と、僅かな、そして身勝手な期待。
私が伊藤美咲を制御できる唯一の存在だと、彼らは思い込んでいる。
私が失敗すれば、自分たちに災厄が降りかかる。
だから、彼らは私を監視し、品定めしているのだ。
私は、巨大な檻の中にいるようだった。
乗客たちの視線が、その檻の格子を形作っている。
そして、その檻の中には、私と、無邪気な鬼。
時折、檻の外から加藤の冷たい視線が突き刺さる。
彼は、私が猛獣使いとして役目を果たせるかどうかを、じっと観察しているのだ。
(どうすればいい…)
答えなど、あるはずもなかった。
美咲の機嫌を損ねないように?
あの子の考えていることなど、私に分かるはずがない。
彼女の「遊び」のルールは、気まぐれで、残酷で、あまりにも理不尽だ。
意を決し、私は砂場で石を積む美咲に、ゆっくりと近づいた。
一歩踏み出すごとに、心臓が鉛のように重くなる。
「美咲ちゃん…何を作っているの?」
できるだけ、優しい声を心がけた。
私の声に、美咲は顔を上げた。
その顔には、いつもの屈託のない笑みが浮かんでいる。
「おしろだよ。みんなのおしろ。できあがったら、みんなでここでくらすの。ずーっと、いっしょに、あそぶんだよ」
そう言って、彼女は自分の積んだ石の山を指さした。
それは、墓石を積み上げた慰霊碑のようにしか、私には見えなかった。
「そっか、素敵なお城だね」
私は、喉の奥から絞り出すように言った。
その時、美咲は私の目をじっと見つめ、ふいに言った。
「ねえ、さくらちゃん」
「なあに?」
「さくらちゃんは、どのおへやがいい? いちばんたかいところ? それとも、いちばんひろいところ?」
それは、ただの子供の質問のはずだった。
しかし、その言葉の裏に隠された意味を想像してしまい、私は背筋が凍るのを感じた。
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