第22話 人形遣い
赤ん坊が泣き止んだ後の静寂は、それまでの喧騒が嘘であったかのように、深く、そして不気味だった。
若い母親は、腕の中で微動だにせず、しかし確かに呼吸をしている我が子を見下ろし、声もなく涙を流していた。
安堵と、人知を超えた現象への恐怖が入り混じった涙だった。
父親は、そんな妻と子を、ただ震えながら抱きしめることしかできない。
その場にいた全員の視線が、私に突き刺さっていた。
それは、恐怖、困惑、そして僅かな期待が入り混じった、重たい視線だった。私が、この世界の理不尽な法則を、ほんの少しだけ捻じ曲げた。
その事実が、私を特別な存在として、彼らの目に映らせていた。
しかし、その中で最も鋭く、冷たい光を宿した視線は、加藤のものだった。
彼は、私の賭けが成功したことを、決して快く思ってはいなかった。
彼の支配が、私の言葉一つで揺らいだのだ。
彼はゆっくりと私に歩み寄ると、他の誰にも聞こえないような低い声で、私の耳元に囁いた。
「面白いことをしてくれる。お前、あのガキと話せるのか」
その声には、怒りよりも、むしろ好奇心と、獲物を見つけたかのような粘着質な響きがあった。
私は何も答えず、ただ彼を睨み返す。
「いいだろう。気に入った」加藤は、歪んだ笑みを浮かべた。
「これからは、お前があのガキの『世話係』だ。機嫌を損ねないよう、うまくやれ。もし、あのガキの気まぐれで誰かが死ぬようなことがあれば…その責任は、全てお前が取ることになる」
それは、新たな首輪だった。
乗客の命という、あまりにも重い責任を伴う、見えない鎖。私は、加藤という人間の鬼と、伊藤美咲という無邪気な鬼との間で、ただ一人、綱渡りを強いることになったのだ。
当の美咲は、私たちの間の緊張感など全く意に介さず、すでに興味を失ったかのように、再び砂場へと戻っていた。
そして、何事もなかったかのように、小さな手で石を積み始める。
その鼻歌だけが、この死んだ世界に、場違いに明るく響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます