第7話 盤上の駒
無線機から流れる呪いの歌は、とうとう途絶えた。
しかし、その残響は耳ではなく、乗客たちの魂に深く刻み込まれている。
誰もが口を閉ざし、絶望という名の重たい空気が機内に満ちていた。
その中で、伊藤美咲だけが、まるで心地よい子守唄でも聴いたかのように、穏やかな表情で石の人形を撫で続けている。
——この子が、この世界の理。
私の脳裏に浮かんだ荒唐無稽な仮説が、じわじわと現実味を帯びてくる。
私たちがいるのは、事故現場ではない。
伊藤美咲という少女の、遊びの盤上なのだ。
そして私たちは、彼女の気まぐれで動かされる駒に過ぎない。
だとしたら、ルールを知らなければ、このゲームから降りることすらできない。
私は意を決し、ゆっくりと立ち上がった。
恐怖で鉛のように重い足を引きずり、少女の前に、しゃがみ込む。
他の乗客たちが、訝しげな視線を向けてくるのが分かったが、今は構っていられない。
「美咲ちゃん」
できるだけ、優しい声で呼びかける。
美咲ちゃんは、石の人形から顔を上げ、不思議そうに私を見つめた。
「この遊び、なんていう名前なの?」
私の突拍子もない質問に、彼女は一瞬きょとんとした後、花が綻ぶように笑った。
「『にほんぐにの、おにさんこちら』だよ」
「……日本の国の、鬼さんこちら?」
「うん。鬼さんに見つかったら、石になってお休みするの。みんながお休みになったら、また最初から遊ぶんだよ。ずーっと、ずーっと、終わらないの」
永遠に終わらない、遊び。
その言葉の持つおぞましさに、全身の血の気が引いていく。
私は震える唇で、最後の問いを投げかけた。
「どうして……どうして、終わらないの?」
すると、美咲ちゃんは、それまで浮かべていた無垢な笑顔をすっと消し、真顔で私の瞳をじっと見つめて言った。
「だって、みんな、もうお家に帰れないんだもん」
その瞬間、私は悟ってしまった。
この少女は、全てを知っている。
私たちがどこから来て、そして、どこへも行けない存在であることを。
彼女の瞳の奥には、子供の無邪気さとは到底相容れない、神のような、あるいは悪魔のような、絶対的な理が宿っていた。
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