第6話 歪み始めた世界

機内に戻っても、安息は訪れなかった。

乗客たちは、互いに距離を取り、猜疑心に満ちた目で牽制し合っている。

誰もが、美咲ちゃんが作った小さな石の人形から、無意識に目をそらしていた。

あの無邪気な狂気の産物を、直視できる者はいなかったのだ。

私の脳裏には、彼女の「早くみんなと、一緒に遊んであげたいな」という言葉が、呪いのようにこびりついて離れない。


この場所は、何かがおかしい。

ただ、得体の知れない老婆が徘徊しているだけではない。

世界の法則そのものが、根本的に歪んでしまっているような、強烈な違和感。

その疑念は、ある出来事によって確信に変わった。


元通信士だという初老の男性が、最後の望みをかけて、コックピットの無線機を操作していた時だった。

諦めかけた彼の顔が、ふと驚きに変わる。


「…入った! ノイズ混じりだが、何か聞こえるぞ!」


その声に、乗客たちの顔に一瞬だけ希望の色が差す。

しかし、スピーカーから流れ出した音を聞いた瞬間、その希望は絶望のさらに奥底へと叩き落とされた。

それは、救難信号でも、誰かの声でもなかった。

子供たちが歌う、不気味なわらべ歌。

そして、その旋律は——美咲ちゃんがいつも口ずさんでいる、あの歌だった。


「やめろ…やめてくれ…!」


男性は耳を塞ぎ、顔面蒼白になって後ずさる。

無線機は、まるで壊れたレコードのように、延々と不気味な歌を垂れ流し続けている。


私は、はっとして美咲ちゃんの方を見た。

彼女は、その歌をうっとりと聴きながら、自分の作った石の人形を、まるで我が子のように優しく撫でていた。

その瞳は、この世の者とは思えないほど、深く、昏い色をしていた。


この子は、この世界の「理」そのものなのかもしれない。

そんな、荒唐無稽な考えが頭をよぎる。

私たちが迷い込んだのは、単なる不時着場所ではない。

伊藤美咲という少女が創造した、終わらない遊びの盤上なのだ。

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