ワークライフバランス義務化法

ちびまるフォイ

バケーション奴隷

「はぁ、今日も残業か……」


暗くなったオフィスで必死にキーボードを叩く。

すると部長がやってきた。


「〇〇くん、ちょっといいかな?」


「え゛っ。なにか私の仕事にミスが?」


「いや君の仕事にはなんら問題ない。完璧だ。ただ……」


「ただ?」


「君の"旅行消化率"が悪いんだよ」


「はい?」


「会社から休みを出すから、ちゃんと旅行に行ってきなさい」


「なんで!?」


溜まった仕事をほっぽって、会社命令で旅行に行くことが決まった。


後に調べて「ワークライフバランス義務化法」を知った。

1年で一定以上の旅行に行かないとダメらしい。


「いったいどこへ行けばいいんだ……」


別に旅行なんて行きたくなかったが、

ワークライフバランス休暇を使って

日がな1日ゴロゴロするのは法律で禁止される。

最悪の場合は死刑らしい。


なんとなく有名な温泉地に旅行先を決めると、

その旅程やら行き先なんかをちゃんと報告書として提出する。


「まるで仕事だよ……」


まるでワクワクしない旅行が始まった。


旅行当日の朝は早い。

見たこと無い目覚ましの時間にアラームがかかる。


「うう゛……休日なのに寝かせてほしい……」


ゾンビのように体を這い上げて、用意していた旅行カバンを引きずる。

ぎっしり積まれた荷物がしんどい。


「えーーっと……電車はこれで、バスはアレだから……」


慣れない土地で、慣れない交通機関。

事前に提出した旅程通りでないと、旅行をサボってると判定される。

新幹線は激混みで、膝のうえに知らんおっさんが座るほど。


「こんにちは、あなたもバケーション休暇ですか?」


「ええ、まあ。ワークライフバランス義務化で……」


「私もですよ。お互いしんどいですね」


「いつもこんなに混んでるんですか?」


「ワークライフバランス義務化法前はそうでもなかったですよ。

 でも義務化されて、みんな強制的に旅行へ連れ出されますから」


「そうなんだ……」


「この先はもっと地獄ですよ」


「自分の膝におっさんを乗せる以上の地獄がこの世にあるんです?」


目的地についたが、おじさんの言う通りだった。

旅行先の現地はもっと地獄の様相を呈していた。


「おいおいおい……何だよこの混み具合は……」


旅行者は観光地にあふれかえり、もはや人の後頭部しか見えない。

なのに旅程どおりお昼ごはんを食べなくちゃいけない。


しかしすでに行列は伸びに伸びて、先頭の人なんて前日から並んでいるらしい。


「でもバケーション休暇ではその土地の名物じゃないと、

 旅行をサボってると判定されるし……どうしよう」


人気店や有名店に入るのを諦め、路地裏のボロい店で食事を済ませた。

一応名物ではあったが自分の食べているものが人の食べ物とは言えない味わい。


「さて、飯タスクはこなしたから観光地へいかなくちゃ」


時間も限られているので、予定していた観光地へ向かう。

案の定、混雑率は観光名所のキャパを大幅に超えていた。


満員電車のように押し合いへし合いを繰り広げながら、

なんとか観光地の写真をボケボケで撮影する。


「はぁっ……はぁっ……やった……撮れた……これでいいんだろ……」


バケーション休暇では一定の旅行先の写真提出が求められる。

単に温泉直行して戻って来る、というズルはできない。

ちゃんと"写真を取って楽しんでいる"としなければならない。


「あとは旅行先で一定金額以上を消費して、

 経済貢献ノルマを達しないと……」


混雑がすごすぎて床に横たわる旅行者の屍を超える。

お土産屋さんに入って、たいして欲しくもないお土産をまとめ買い。

消費金額ノルマも達成した。


「ああ、やった! これで旅行先のノルマは達成したぞ!

 あとは温泉に入ってゆっくりしよう!」


肩の荷が下りた気がした。

温泉宿につくと柔和な表情で女将が待っていた。


「長旅おつかれさまでした」


「ええ……本当に疲れました……」


「当宿のご案内をしますね」


「はい」


「18時に食事、19時に卓球、20時に温泉。

 21時に夜食、22時に再度温泉、23時に怪談。

 翌朝6時に朝食、7時に朝風呂、8時に……」


「ちょ、ちょっとまってください!

 そんなに厳格なんですか!?」


「タイムスケジュール切らないと、こちらも客をさばけないので」


「全然ゆっくりできない……」


温泉宿についてもバケーションは止まらない。


用意されたスマートウォッチで次の行動を指示される。

夕食時間になればアラーム。温泉の時間でまたアラーム。

寝るときにもアラーム。起きるときにもアラーム。


10時のチェックアウトになると、泊まる前よりも疲れていた。


「もう限界だ……。日常に戻りたい……」


すべての旅行タスクをこなして帰路についた。

なけなしの体力を使って、旅行先の写真を提出すると力尽きたように眠った。


翌日、いつもの時間帯に起きて、いつもの時間帯に会社に向かった。

休暇明けということで同僚が声をかけてくる。


「よお、バケーション休暇してきたんだって? 楽しんだ?」


「そんなわけないだろ。ありゃ仕事以上の仕事だよ。

 あんなのもうこりごりさ」


「ちゃんと適宜消化しなかった罰ゲームとして受け入れるこったな」


「お金払って罰ゲーム受けるってどんな仕組みだよ……」


旅行明けの寝不足な目をこすりながら、部長のデスクをふと見る


「……あれ? 部長は?」


「え? お前聞いてないの?」


「なにを?」


聞かれて同僚は答えた。


「部長は今週から"家族サービス休暇"だよ。

 ほら、家族サービス報告書が会社にも来てるだろう?」


「ほんとだ……」


会社には家族サービスタスクをこなす部長の写真が届いている。

遊園地でやつれた部長が"助けてくれ"と目で訴えていた。



家族サービス義務化法の恐ろしさがよく分かる1枚だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワークライフバランス義務化法 ちびまるフォイ @firestorage

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ