第4話 昼の下見
昼の市立病院は、夜の静寂とはまるで別世界のように活気づいていた。エントランスのガラス戸を入ると、清潔な空気の中に患者や見舞客の声が響き渡る。蓮は思わず肩を撫で下ろし、ほっとしたように呟いた。
「……やっぱり昼間は普通の病院に見えますね」
その隣で、凛は相変わらずきょろきょろと目を輝かせている。「ふむ……夜は恐怖を、昼は人の営みを宿す。病院とは、実に興味深い場所だ」「いやいや、感想がホラー研究者なんですよ、先生……」蓮は呆れ気味に小声で突っ込んだ。
依頼人の医師が現れ、二人を迎え入れる。「こちらへどうぞ」
長い廊下を歩くと、医師はふいに足を止め、端に置かれた車いすを指し示した。
「……あれは、以前こちらに入院されていた患者さんのご遺族から寄贈されたものです」
光沢の残る黒いフレームが、他の備品とは違う威圧感を放っていた。「故人が生前とても大切にされていたものなのですが、病院に残して活用してほしいと願われまして」
「おおっ!」凛は説明が終わるより早く腰を下ろしてしまった。
「せ、先生!? 今の聞いてました!? 亡くなった患者さんの形見なんですよ!」蓮が慌てて止めるが、凛は嬉々としてレバーを握る。
ぐん、と車体が前に動き出した。「あっ、待って先生――!」蓮の声に、看護師たちが思わず振り向く。
車いすは壁に突っ込むかと思われたが、直前でピタリと停止した。
「おお……優秀だな」凛は感心したように頷き、今度はゆっくりとレバーを倒す。
じりじりと進み出す車いすは、まっすぐ蓮の方へ――。
「ひぃっ!? 先生、やめてくださいってば!」「恐怖に対してはこうして――直視することだ、村上君!」「どんな授業ですかそれは!」
蓮が悲鳴を上げて飛び退くと、周囲の看護師たちはクスクスと笑い、「あの探偵さん、大丈夫かしら……」とひそひそ声を漏らした。
凛は満足げにレバーを戻し、軽やかに車いすから降りる。「ふむ……面白い挙動だな」
医師は軽く咳払いをして場を整える。しかし、廊下を行き交う職員たちの表情には、どこか不安げな影が差していた。
そのとき、近くにいた看護師が蓮の方へ身を寄せ、小声で囁いた。
「……夜になると、この病院は少し様子が変わるんです」
その言葉に、蓮はごくりと喉を鳴らした。一方の凛は、むしろ楽しげに口角を上げ、瞳をきらめかせる。
「なるほど――ますます実に興味深い」
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