第19話 自分のために、誰かのために(2)
白山の火葬を終えると、菊理様は小さな骨壷を抱えて本殿に戻って行った。
一人で静かにしている方がいいのか、一人にしないほうがいいのかは誰にも分からなかった。祖父母と本殿に戻っていく菊理様を見送るしかない。
私と祖父母の三人とヤタで夕飯を食べながら惰性でつけていたテレビを見る。
どうにか気持ちを明るくしたくてバラエティ番組をつけたが、面白いと感じられなくて、テレビの中の笑い声が妙に部屋の中に響いて逆に虚しく感じた。
「……何度も動物の死を見送ってきたが、やっぱり慣れないな」
晩酌をしていた祖父がつぶやいた。
「白山の前は猫の兄弟を飼われていたし、その前は小鳥、その前はリスを飼われていた」
「菊理様本当に動物が好きなんだ……」
「俺のじいさんの代では馬を飼っていたらしい」
「馬!?」
ペットとして飼うには大物すぎる動物に思わず声を上げた。
いや、世の中で飼っている人もいるだろうし、神社では神馬がいるところもあるだろうが、ペットの選択肢に馬があるのは余程の馬好きだろう。
「どの子も普通よりは相当長生きしてくれたが、やはり寿命には逆らえん。その度に菊理様も落ち込まれるし、いつもどうお声がけをして良いやら悩むばかりだ」
近しい存在を失った時ほど、人は孤独になるだろう。何度それを経験しても慣れることなどおそらく永遠に来ない。人や動物に優しい菊理様ならなおのこと。
その人にとってその存在がどういう物だったのかは、人によって変わる。
白山は私が生まれる前からいたし、私にとってはお兄さんのような存在だが、菊理様や祖父母からすれば息子のような存在なのかもしれない。
「前から思ってたんだけど、菊理様にはヤタみたいな神使はいないの? 神使だったらずっと一緒にいられるんじゃないの?」
隣のヤタに問いかけると、うーん、と言いながら首を傾げる。
「神使はもちろん寿命の概念はありませんが、縁のある動物が神使になることが多いので、そもそもなろうと思ってなれるものなのか……僕にもどんな基準なのかが分からないのでなれないとは言い切れませんが、なんらかの逸話やきっかけが必要なことは確かです」
「逸話やきっかけ……」
「信仰を生み出すのはいつでも人です。神は実際に存在して人から崇められる立場にいますが、そこに人が、信仰する人がいなければ存在しないんです」
「……卵が先か鶏が先かってこと?」
「まぁざっくり言うとそう言うことです」
信仰を生み出すのは人。
ヤタのその言葉が妙に引っかかった。
大切な物を失っても、時は止まらず進み続ける。
朝に境内の掃き清めの為に外に出ると、菊理様が本殿の階段に腰掛けていた。
膝に肘をついて頬杖をつき、ぼんやりと境内を見つめていている。こちらを見ているはずなのに、全く反応がない。
「おはようございます」
「おはよう」
側に寄って挨拶をすると、こちらに気付いて普段通り笑って挨拶を返してくれた。笑っている顔に元気がないのは気のせいじゃないと思う。
「つい散歩の時間に目が覚めてしまってね」
菊理様が目を細める。
不用意に言わせてしまったと、後悔が心に積もる心地がした。思わず握った箒の柄に力が入る。
「思い出さないようにしようとしても、どうしても思い出してしまう。仕方のないことだけれど、いつまで経っても慣れないね」
時間が傷を癒すことを待つしかできない。
言葉をかけようにも、どんな言葉を尽くしても陳腐な慰めにしかならないことは、口を開く前から分かりきっていた。
それでも、放って置けないと思った。
言葉を尽くす以外に私ができること。
そんなの、私には一つしか思いつかなかった。
本棚に整理されていたアルバムを引っ張り出し、祖母やヤタにも手伝ってもらって菊理様と白山の写真を片っ端から集める。
アルバムは年季ものなので写真を剥がすことは難しく、かといって何冊もあるアルバムをめくるのは大変な為、資料になりそうな写真を片っ端からスマホで写真を撮っていく。
「懐かしいわねぇ、この頃の白山、綿毛みたいだわ」
「わー、このうさぎのぬいぐるみ大好きだったやつだ」
祖母が指さしたのは白山を抱っこした菊理様と、お気に入りのぬいぐるみを抱えたかつての私、兄と真くんが写った写真だった。
照れ隠しで大好きだった、と言ってしまったが、写真の中の私が抱えているうさぎのぬいぐるみは今でも実家にいる。
「僕は白山殿の凛々しいお姿しか存じ上げないですが、この頃は大変お可愛らしいですねぇ。写真の中の佐保さんや真さんも今よりずっと幼いですけれど、やはりどこか今の面影があります」
アルバムをめくるたびに私や祖母が思い出に浸り、ヤタと感想を話しながらの作業なのであまり進みは良くないが楽しかった。
今でこそ写真はスマホで確認することがほとんどだ。すぐに見返せるし、写真の劣化もない。フィルムで撮影して現像した写真は劣化していくし色褪せてもいく。だが、だからこその味わいもある。自然な色褪せを人工的に表現することはかなり難しく、時を経たからこその独特の雰囲気がある。
便利になるだけがなんでもいいわけじゃないんだなぁと、アルバムをめくりながらしみじみと思った。
できるだけ資料を集めて、スケッチをしながら構成を練る。
神社の手伝いや、アルバイト以外の間は夢中でスケッチやデッサンを繰り返した。
「わぁ、僕ですね!」
私の手元を覗き込んだヤタが嬉しそうに声を上げた。
「そう。ヤタの黒は、黒の中にもいろんな色があるのが分かって楽しいよ」
「えへへ」
今までは課題をこなす義務感だけで絵を描いていた。
絵を描くことによって何を現したいのか、対象がどんな魅力を持っていて、自分がその魅力のどれを引き出したいと思っているのかを全く考えたことがなかったことにやっと気付いた。
仕事にするなら好きなものばかりを描いてはいられない。自分の好きなものだけを描いて生きて行けるのは余程の天才か、お金に頓着しなくていい人だ。
自分が望むものよりも他人が望むものを生み出さなければ、仕事にはできない。その為に皆自分と他人の求める境界線を見極め、精神をすり減らしながら作品を生み出し、作品を売り込む術を磨く。
好きなことを仕事にすることだけが正くて、それができなければ自分の才能には価値がないと思っていた。
でも、そうじゃない。
自分の才能をどう使うのは自分が決めることだ。
他人にどうこう言われる筋合いなんてはなからない。
私は、自分が描いたもので、お世話になった人達を笑顔にしたい。自分の描きたいものを描いて、満たされたい。
たとえそれが一円の価値にならないものだとしても、やるだけの価値が私自身にはある。
鉛筆に色鉛筆、水彩画にパソコンでの描画。
今まで学んできたありとあらゆる表現方法で、今の自分にできる表現をする。
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