第29話 植物状態
僕は一人部屋で入院している綾香の母親の部屋を徐に開けた。
部屋は真っ暗だった。しかし、窓のカーテンは開け放たれていて、光が差している。さほど部屋は暗くは感じなかった。
真奈美は先程の看護師の言っていたように、酸素マスクを装着して、目を閉じたままだった。掛け布団を胸辺りまで被せていて、ほのかに呼吸で胸辺りに上下に動いている。それが無ければ生きているか分からないほど静かだった。
僕は眠っている彼女の傍まで来ていた。どうやら誰も見舞いに来ていないようで、花瓶一つもない殺風景な部屋だった。
――朝に見た夢もこんな場所だったな。
ふとそんなことを思い出すと、僕は気になることがあり、窓の方に向かった。
そこにはあの綾香が通っていた小学校が小さいながら見える。
夢に見た風景がここにはあった。まさに僕が小学校から空に浮き、俯瞰して見た描写と全く一緒だった。
つまり僕は眠っている國繁真奈美なのだろうか。
と、その時、廊下をゆっくり歩く音が聞こえてきて、僕はビクッと震わせた。
まさか、綾香が歩いているのではないのかと、思ったからだ。
僕はドアの方に目を向けて息を呑む。口内に溢れてきていた唾液をゆっくりと喉の奥へ押し込む。恐怖で緊張し、身体は震えている。
引き戸のドアをゆっくりと開けたのは、先程のお節介の女性だった。
僕も驚いたが、それ以上に彼女がビクッと震わせた。
「どうしたの? そんな目で私を見て」
そう言われて、警戒していた僕は緊張が解けていた。さっきまではケンカを売るような怖い顔だったように映ったようだ。
僕は不意に笑みを作った。
「いや、母が来たのかなって……」
「まだよ。もし暗かったら電気でも付けたら」
と、彼女は部屋の電気のスイッチを押そうとしたのだが、僕は止めた。
「いえ、僕はこれから用事があるんで帰ります」
「……ふうん。そう……」彼女は無表情だった。
僕は真奈美を見ながら言った。
「でも、本当に眠ってるように見えますね。いつ覚ますとか分からないですよね?」
「そうよ。医師の先生も原因不明だからいつ目が覚めるのかは分からないと言ってたわ。このまま息を引き取るって可能性だってあるわ」
「どこか身体は悪くされてないんですか?」
すると、彼女は首を横に振った。
「ええ、色んな検査をしたけど、どこも異常なし。脳内も至って健康よ」
彼女は何を持って、眠らされているのだろうか。夢の中で綾香と会っているのだろうか。
その時、僕のスマートフォンの着信音が鳴りだした。僕はしまったと思った。
「ここは病院だから、マナーモードか電源を切ってね」
「はい」
僕は面倒くさそうにスマートフォンを取り出した。すると、電話の相手は次郎からだった。
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