第30話 隈埜小秋の真実
一時間後には、僕は鹿島君の家にいた。僕だけではない、そこにはいつものメンバー、次郎、金村、遠藤君、そして鹿島君、それから鹿島君の彼女である隈埜小秋だった。
僕は隈埜小秋を見た時に、緊張が細胞一つひとつに沸き上がるほど高揚していた。今回は彼女と一対一ではなく、仲間の中での彼女を見るのは初めてだった。
だが、彼女はいつもの彼女ではなかった。僕が最後に入ってきたのだが、「男子ばっかじゃん」と言っては、物凄く喜ぶ彼女の屈託のない顔。あの僕がストーカーをした時の、ポーカーフェイスを装っていた彼女の顔つきとは全くの別人だった。
「なあ、お前の彼女どうしちまったんだよ」
次郎は、いつもは「小秋ちゃん」とニヤニヤしながら言っていたのに、今では恐怖でおののいている。
「分からない。小秋は高校に入ってからたまに可笑しいんだ。それがよりひどくなったのは最近だ。俺が見てる時に男子に抱き着いたりするんだ」
すると、小秋は「キャハハハハ」と、笑いだした。ここまで来ると薬物でもやっているのではないのかと、学校に電話したくなる。
「なあ、大地の家にこいつをお祓いしてくれないか?」
鹿島君は心配そうに金村に懇願する。
「確かに、これはひでえ」
「これが、お前が彼氏じゃなかったらな」
という、次郎に対して鹿島君は睨み返した。
「ジョーダンだぜ、ジョーダン。でも、ファンはこんな彼女を見たら、あちこち身体を身体を触りまくりだぜ。乱交してるかも」
「おい、お前心配してるのか?」
鹿島君もこれに対してはかなり感情を表に出していた。
「心配してるって」
次郎は大きな声で叫ぶように言った。しかし、どこかしらニヤニヤしている。
不意に僕と次郎と目が合って、彼は頷いた。どうやら次郎は隈埜小秋よりも僕の味方だ。僕を取ったのだ。
「とにかく、大地のお父さんに頼んでみて、何かに乗り移ってる可能性があるし」
遠藤君が顎を摩りながら思案していると、鹿島君は「当り前だ。こんな変な状態始めて見るよ。大地の親父は、今日は寺にいるのか?」
「いるよ。俺の家は常に貧乏だから、今頃横になってテレビでも見てるんじゃねえか?」
――本当にお祓いの腕前があるのだろうか。
「それなら早く行こう。お金なら俺が出すから。おい、小秋立つんだ」
鹿島君が座って笑っている小秋の右腕を手に取り、鹿島君は勢いよく立ち上がる。
「痛いよ、智。自分で立つから」
急に真顔になった隈埜は、思わず鹿島君を黙らせるほどの冷たい目をした。
「お祓いって、俺がか?」
そう言って、金村の父親はきょとんとして自分に指を差す。
「そうだよ。お父さんいつものようにお経唱えてるじゃん」
金村は父親を説得する。
金村の父親は恰幅がいいというよりも、ただ運動不足から来たメタボリックな体型をしていた。もっと荒っぽい人かなと勝手に僕は想像していたのだが、全く逆で寧ろ話しやすそうな大らかさを持っていた。しかし、その分この人は責任感があるのか、あんまり仕事に熱中するタイプではないと見た。
「しかし、あれは長い付き合いの檀家さんであって、本格的に除霊みたいなことはしたことないしな……」
「頼みます、金村住職。お金は出しますから」
鹿島君は金村の父親に対して頭を下げた。
「……それで、彼女が乗り移られてるのか?」
金村の父親は隈埜小秋を見た。彼女は先程とはまた違ったことが襲い掛かっているようで、今度は息をするのもままならないほど、青白く見るからにしんどそうだった。
「大丈夫かい? この子は、病院でも行った方が……」
金村の父親はそう言うが、鹿島君が遮るように言った。
「さっきまでは凄く元気だったんです。それがたった一時間でこんな気分が悪くなるでしょうか。お願いします。これで治らなかったら、今度は病院でも行きますから」
深々と頭を下げる鹿島君は、どこか誠実に感じ、彼と隈埜とは小学からの同級生だからこその絆か垣間見えた。
その気迫に押されて、ようやく金村の父親は六人に背を向けて小さな声で言った。
「分かった。上がりなさい」
部屋は白熱灯が六本設置されていたが、古く黄ばみが入っていて、本堂は薄暗く陰湿なものだった。それに修理費が掛かるからなのか、床は軋む音、何か所か蜘蛛の巣が張ってあった。
「みんなは目を閉じて、私のお経を聞いてくれたらいい。何度も言っておくが、これが効果があるかは分からない。だからお金も貰うつもりはないよ。いいね?」
「はい、お願いします」
鹿島君は切羽詰まった表情を見せた。
僕の席は住職から一番離れた位置に座っていた。その隣には次郎がいる。彼はどう思っているのだろうか。静かに目を閉じているが、興味があるのだろうか。
そんなことを考えていると、金村の父親の読経が鈴を鳴らして始まった。僕は俯いて目を閉じていた。
十分くらいは住職のお経と隈埜の荒い呼吸だけ聞こえていた。やはり、鹿島君の思い過ごしなのかと僕は半ば落胆的になっていたら、突然隈埜が首を掻きむしって転がってのたうち回った。
「うう、苦しい」
本当に苦しそうだ。顔は青白く、首を絞めつけられているようで、このままだと死んでしまうのではないか。
それに声も小秋ではない。もっと濁声のまるで老婆が叫んでいるようだった。
何事かと金村の父親は不意に後ろを振り返った。驚愕の様子に、思わずお経を唱えるのを一時中断する。
すると、鹿島君が静かに言った。
「住職さん、続けてください」
「いいのかい? 友達がこんなに苦しんでるのに……」
「友達ではない、彼女に乗り移っている悪霊が住職さんの読経に反応してるんです。止めてもらったら困ります」
「な、何があっても知らないよ」
金村の父親はかなりおどおどした表情だった。思わず読経の声が震えて聞こえる。
「止めろ……」
そう隈埜は背にしている住職の服の袖に手を伸ばし、掴もうとするが、鹿島君が遮った。
「何をする……」
「お前は小秋から出るんだ」
「うわあ、苦しい。この女も道連れにしてやる」
隈埜は首に手をやり、まるで首を絞めるように力を入れる。
「止めろ。おい、みんなも阻止してくれ」
鹿島君が言って、次郎や金村も小秋の足や手を押さえつけ、力を入れる。僕も小秋の腕をつかみ押さえつけるのだが、女性の力とは思えないほど強すぎて、目を閉じて必死になる。
しかし、男性たちの力により、ようやく小秋の手は鹿島君や僕によって羽交い絞めにされた。
「ぎゃああああ」
その声が小秋の声から絞り出すように叫んだ。目を見開いて充血している。とても清楚を装うっていた彼女とはかけ離れていた姿だった。
それから小秋は一気に力尽きたように、目を閉じた。
「おい、大丈夫か?」
鹿島君が隈埜の肩を揺らす。しかし、気を失っているようで反応がない。
遠藤君は隈埜の脈を取る。
「心配ない。生きてる」
そう言うと、鹿島君は額から冷や汗を右腕で拭いた。
「良かった……」
僕も同じような気持ちだった。しかし、先程の隈埜の姿は全くの別人だった。ということは、本来の隈埜小秋は僕に興味が無い方なのか。
……少し、残念な気持ちだが、まともな彼女に戻ってくれたら……。
そんなことを思っていると、隈埜小秋はようやく目を開けた。
「小秋、大丈夫か?」
鹿島君は思わず彼女の肩を揺する。
「……あれ、ここは?」
隈埜は周りを見渡した。
「ここは金村の家だ。あいつの親父さんはお寺の住職なんだ」
「そんなところに、何であたしが?」
まだ隈埜は朧気で把握が出来ていないようだ。
「……お前は、先程まで何かにとりつかれたように笑ったり苦しんだりしてたんだ。今目を覚ましてるのは、小秋で間違いないよな?」
「……え、どういう事? 何言ってるの智?」
隈埜はきょとんとした様子で鹿島君を見る。
「良かった。本当にお前なんだな」
鹿島君は嬉しさのあまり隈埜を強く抱きしめた。
彼女は周りを気にして恥ずかしがる。
「ちょ、智、止めてよ」
その時、僕と隈埜は目が合った。その時の表情は“何でお前がここにいるの?”とでも言わんばかりの、驚愕した顔つきだった。
それを察した次郎は僕にアイコンタクトを取り、
「まあ、小秋ちゃんが元気になったんだったら良かった。俺達は帰ろうか」
次郎は僕の肩に手をやる。
「そうだな……」
僕は言うと、次郎は鹿島君に、「じゃあ、また明日」と、手を上げて、本堂を後にした。
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