第28話 蘇る怪談話

 1006号室を探すまでは時間を要しないはずだった。しかし、十代の男性が病院をウロウロしているのを見て、傍にいた看護師は黙っていられなかったようで、

「何号室を探されているんですか?」

 僕を呼び止めたのは五十代ほどの恰幅のいい女性だった。背が小さく柔和な笑顔を見せているところからすると、お人好しな部分を醸し出していた。

「あ、1006号室とはこちら側ですか?」

 僕は次に向かう廊下の四つあるドアの方を見た。

「そうよ。あら、1006号室っていったら……」

「國繁真奈美の見舞いに来ました」

 僕は言葉を遮るようにハッキリと告げた。

「國繁さん……。会ってもいいけど、彼女は植物状態だわよ」

「植物状態?」

「そうよ。ちなみにあなたは國繁さんとどういう関係?」

「親戚です」

「そうなの。あなたの両親は?」

 結構聞いてくるな。僕はお節介の面倒くさい人に捕まったと頭を掻いた。

「僕の両親は数時間後にここに来ます。僕は今日しかお見舞いに行けなかったので、先に顔を出しに行こうと思ったんです。僕らは真奈美おばちゃんの家から随分と遠く、他県に住んでるので中々行けなかったんですけど」

「じゃあ、連絡も取ってなかったってこと?」

「はい、長い間、険悪だったので」

 ――険悪というデリケートな発言をした時、看護師は愛想笑いを見せた。

「あ、あはははは。すみませんね」

「それよりも植物状態なんですかおばちゃんは?」

「ええ、そうよ。原因不明でね。元々この大学病院に入院した時は発狂してたのよ。ベッドの中で叫ぶし、看護師を殴ろうとするし、かなり情緒不安定だったんだけどね」

「はい」

「でも、ある時の朝に看護師が様子を見に行くと、國繁さんがぐったり意識がなくなってたのよ」

「意識がなくなった?」僕はどういう事か呑み込めなかった。

「そうなのよ。先生にも診てもらったんだけど原因不明だし、今は酸素マスクを付けて眠ってるわ。私たちにとっては静かでよくはなったけど……」

「……その、暴れていたというのはいつからですか?」

「いつからかしら。元々、ここに来る前に外で暴れたり暴言を吐いていたから、警察や病院のお世話になったのよ。そこから精神病院にも入院してたけど、色々あってこっちの大学病院に移ったってわけ。……だから、六年前くらいかしら」

 ――六年前、ということは僕が小学五年生の時になる。綾香が亡くなったのが小学四年生だから、約一年間の期間がある。

 それに暴れているというのは、どういう事だろう。綾香の母親はイジメの加害者、隈埜小秋と会い、殺害をしなかったのだろうか?

 僕はこのお節介看護師からもう少し話を聞きだしたかった。

「おばちゃんが入院する前に、娘を失くして可笑しくなったんでしょうか?」

「多分ね。暴れている時も、綾香を返してとか、ジェシーちゃんとか、騒いでたわよ」

「ジェシーちゃん?」

「ええ、彼女が言うには、幼い頃に見つけたお友達だって言ってたわ。フランスの少女で凄い目力がある魔法使いの子だって。……よく分からないでしょ」

 そう、看護師はほくそ笑った。しかしそれとは裏腹に僕は“フランス”“少女”“見つけた”という言葉を繋ぐと、瞬く間に鳥肌が立った。

「その少女っていうのは、人形ですか?」

「人形かそれは國繁さんからは聞いたことはないわ。でも、彼女メルヘンチックな部分も持ってるし、フランスの少女なんて中々この辺にはいないから、もしかしたらお人形さんのことかもね」

 ――金村が下手くそに語っていた、あの怪談話だ。

 アレは、確か元は金村の父親が噂で聞いて、息子に話をしたのが最初だった。

 それを金村大地が話をしたが、確かに怖かった。……怖かったのだが、どこにでもある作り話だとみんな思っていたはず。

 もし、その噂の発端が國繁真奈美ではないのかと推測する。

 ――いや、それはあり得ない。

 確かに綾香の外見は変わっていたが、母親は至って普通だった。優しくて、どこかしら品もあった。そして、趣味の手芸をする普通の人……。

 ぬいぐるみを作るのが得意だった……。

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