第25話 小秋がアイドルになった理由

 その後の授業も僕は彼女の様子を伺っていた。気を悪くしたという心配ではない。単純に彼女が怖かったのだ。

 あのストーカーをしたのは紛れもなく僕だ。彼女にとって相当な怖い出来事だったはずだ。なのに、ストーカーを好きになる? いや、そんな女性ではない。

 アイドル活動が嫌になったのだろうか。それで、誰か慰めてくれる人がいなくなって、唯一自分が好きだと判断できるのが僕だから、僕に相談したかったのか?

 いや、それはまずない。相手は犯罪者予備軍なのだ。

 そんなことを考えながら、僕は一人で下校しようとしたのだが、後ろから、「佑ちゃん」と、声がしたので後ろを振り返ると、鹿島君だった。

「俺の最寄り駅まで一緒に付き合ってくれないか?」


 僕は自転車を押した。周りにはたくさんの生徒たちが駅に向かっている。

「鹿島君と帰るのは初めてだね」多少緊張していた。

「まあな。佑ちゃんは大分落ち着いたか?」

 その言葉に僕は、昼間の出来事を思い出した。アレのせいで落ち着くどころか心の中で動揺している。

「うん、徐々にね」僕は鹿島君の目を見ずに嘘をついた。

「そうか、ならよかった」

 二人は他の生徒たちに紛れて歩いていく。最寄り駅まで歩いて十分程度だろうか。沈黙が続いていたので、僕は何か話を繋げなくてはと考えていた。

「受験も忙しいよね」

「ああ、そうだな……」鹿島君はあまり元気がなさそうな感じに見えた。すると、言いにくそうに話し出した。

「……佑ちゃん。実は、俺は佑ちゃんに謝らなくちゃいけないんだ」

「謝る? 何を?」

「俺には中学から彼女がいるんだ。……その彼女が……隈埜小秋なんだ」

 その衝撃に、僕は心が打たれた。

「え?」

「もしさ、佑ちゃんがこのことを知ってたら、あいつに興味を持たなかっただろう。俺、早く言うべきだったと今も悔やんでるんだ」

 と、鹿島君は立ち止まって僕に頭を下げる。

「いや、顔を上げてくれよ。やったことは俺が全て悪いんだから」

 僕は両手を突き出してジェスチャーを見せた。実際鹿島君を責めるつもりはないし、鹿島君は悪くない。

「本当に申し訳ない」

 申し訳ない気持ちはこちらの方だ。今日の昼に小秋がしでかしたあのやり取りは一体どういうことなのだろうか。鹿島君を捨てるつもりなのだろうか。

 しかし、そんなことをとても言えるわけがない。

「……何で、隈埜さんはアイドルをやろうって思ったの?」

 僕は再度歩き、鹿島君を見た。

「あいつは元々チヤホヤされることが好きだったんだ。俺とは中二の時から付き合ってたけど、その後も男子生徒と和気藹々と話したり、男の先生と仲良くしたり」

 ――小秋の元の性格が、自尊心が高いのか。ということは、僕に対して行ったことも何か自分の気持ちを持って行かせようと自尊心を昂らせる一つだったのかもしれない。

 しかし、あんな身体を密着させていたら、鹿島君も黙っていられないだろう。

「それでアイドルを目指したってわけ?」

「まあ、中学の時は言っても他の男子生徒たちとたわいのない話をしてただけだから、正直、俺が嫉妬してたと言っても過言ではないけど、高校入学したての時だったかな。急にあいつが地下アイドル『OPQ』に入りたいって言い出してな」

「それで、OKしたの?」

「まあな。あいつの性格が突拍子もない発言をするのは俺も知ってた。……ただ、ファンの人間に変なことされたりだとか、俺からストップが入ると、辞めるよう、約束はしてくれた」

 鹿島君はどこか僕と目を合わせない。何だろう、鹿島君も小秋に対してどう接したらいいのか困惑してそうな気がする。

「鹿島君は、どうして隈埜さんと付き合ったの?」

「まあ、俺もそれなりに学年一の女子と付き合いたい気持ちもあったし、それにあいつが告白してきたんだ」

 美男美女だからこそ、出来たのか。

「確かにみんな小秋ちゃんって言ってファンになってくれることは、本人は嬉しいけど、俺としては複雑でさ。しかも佑ちゃんの件もあるし、俺はあいつに対してもうアイドルを卒業させるつもりなんだ」

「まあ、俺に関しては、俺の暴走だったとして。鹿島君が嫌なのであれば、素直に言った方がいいかもしれない」

「そうだよな。それで、あいつが素直に応じなかったら、俺達は別れるつもりだ」

 ――まあ、そうなるのが普通だよな。遊び人の小秋と何でもデキる鹿島君。いくら寛容だったとしても、ここまでくれば。

 僕は何度も頷いた。鹿島君は付け加えた。

「まあ、一応俺と小秋が付き合ってると学校内で言ったのは、佑ちゃんが初めてなんだ」

「へえ、それもみんなに公表した方がいいと思うよ」

「元々、あいつに黙って欲しいと言われたんだ。チヤホヤされたいが為だろうが、今となってはあいつのファンが沢山いる中で、言いにくい状態になってしまってる」

 駆け引きみたいなものなのだろうか。しかし、小秋はこの彼氏に対しても自分の想い通りにさせたいのだろうか。

 僕たちはこの話を続けることがなかった。僕もこれ以上二人の仲を掘り下げたとしても、鹿島君の心がえぐられるだけだ。

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